げーむるーむ! | ナノ

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「っはは、悪ィなーシュウ。直ぐ済ますからよ」
「……頼むよ、ほんと」

 呆れ顔のウチの助手クンが帽子の鍔を引く。綺麗な顔してんだし、もう被る理由も無くなったっつってたのに気付けばトレードマークにしていやがったらしい。意外と逞しいのな、お前。

* * *


1.文学の知識:なし。
2.哲学の知識:なし。ついでに言うと音楽にも美術にも詳しくない。
3.天文学の知識:なし。ただしプラネタリウムは好んで観る。
4.政治学の知識:僅か。新聞で一番好きなのは人生相談欄らしい。
5.植物学の知識:多様。ワラビやヨモギ、野草に特に詳しい。園芸の知識は無い。家庭菜園にミントを植えて伯母さんのプチトマトを死滅させた罪は重い。
6.地質学の知識:限られているが実用的。地方の小学校の講演会に人違いで招待を受けたとき、アドリブで化石と鉱物、火山の面白話をして90分間つないだ。
7.化学の知識:造詣深い。
8.解剖学の知識:正確であるが実践的で体系的ではない。
9.通俗文学の知識:計り知れない。今世紀(20−21世紀)に起こったほとんどの凶悪事件の詳細を知る。月に定期購読している雑誌の数とジャンルの無節操さが異常。
10.アコースティックギターの演奏が、かなり上手い。
11.乗馬、サーフィンができる。どこで覚えてきたんだか拳銃の操作と、我流と言い張るシステマで荒事はなんとかするらしい。
12.日本の刑法に実用的な知識を持つ。

――以上、最原終一による伯父評。

* * *


 事件発生の報を受けたのは非番(セルフ非番♪ 偶にゃいいだろ)のベッドの中。昼すぎまで仲良く並んでシエスタと洒落込んでいた可愛い嫁さんを起こさないようにメール――あいつ早くスマホにしてくんねえかな――でウチのデキた"助手"に指示を入れる。丁度タイミングよく現場の近くまでお出かけに出ていると言っていたお利口さんはそりゃあもうけっこうな長文で文句をくれたが、結局は「30分で来てよね」で本文を終えていた。あ? デートだ? お前のそのオシゴトを受け入れてくれるような寛大な女の子がどうか見極めるいい機会だっつうの。
 適当に身支度を整える背中に「帰りにプリン買ってきて、あのお店で。終ちゃんにも後で何かフォローしてあげなきゃだめよ」と声が掛かる。折角の休みをフイにする旦那に対して腹の一つも立てやしない。そうだ、これこそ探偵の嫁ってなもんだ。気に入ってるシャツ――俺の誕生日にわざわざ終一が用意してくれてたヤツな――に袖を通した瞬間、つい一昨日くらいまで着倒していたはずのそれにばっちりアイロンとのりがきいているのが分かった。もうほんっとウチの嫁さん愛してるわ。

 百貨店の地下にあるギャラリー、というと一般人の大多数には馴染みがなかろうと思われる。高い絵とか飾っててキワモノみたいなバイヤーがいて、的な。ところが実際はそうでもなく、個人で絵を描いていたりハンドメイドの雑貨を作っていたりという作家が比較的安価で展示を行える場所なのだ。
 まあ言ってしまえば今回の事件の舞台になったのがそのギャラリーなわけだが、道すがら地下鉄の吊り広告だの駅の電柱だのを見るまでついぞ俺は心当たりもなかったのだが、お上品な装丁のそのポスターを見ればそこで何がどうなったのか程度は知れたものであった。要は、今回そこで展示を行っていた作家がいつもの其処のラインナップから外れるくらいの――言ってしまえば、普段はこんなところでなく美術館やら博物館やら都心のショールームやらで大々的に個展をするようなレベルの人気作家であったということだ。
 扉を潜る前にもう一度だけ、ひときわ大きく引き伸ばされたポスターに目を遣った。綺麗な目に綺麗な髪、綺麗なお洋服、何から何まで綺麗な綺麗なお人形。色とりどりのそれらが並ぶショーケースの間に立ち、よそゆきの初々しい微笑を浮かべたお嬢さん――超高校級の"人形師"だという――は、さながら彼女自身がお人形のようだった。なるほど可愛い子ちゃんだわな、泣いてなきゃいいんだが。

「――地取りは」
「できてる。一応まとめたけど、何か突っ込んで聞きたかったら僕に言って」
「……あらまあシュウちゃんたら立派になって、見取り図上手になったわね」
「あのさ、莫迦にしてる?」
「まっさか。……ほーん成程、ンで"彼女"は?」

 そして会話は冒頭に戻る。
 ギャラリーの店主と、もちろん被害に遭った作家のお嬢ちゃん本人と、その場に居合わせた来場者から聴取した情報をメモで渡され、ざっと目を通しながら適当に会場内を歩く。よっぽど今日のデートに気合を入れていやがったらしい可愛い助手クンは、チェスターコートを左手に掛けたまま「2階の楽器屋さんで時間潰してもらってるから、早く済ませて迎えに行きたいんだってば」などとのたまってくれる。ついぞここ最近嫁さんが「私より細くてやんなっちゃう」とこぼすその細腰から続く尻を軽く蹴っ飛ばした。野郎の尻なんざ丁重に扱ってやる義理はないのだ。

「っだ?! 伯父さん何するんだよっ」
「バカ、誰がお前の彼女ちゃんの居場所なんざ聞くかっつの。お人形のお嬢さんのほうに決まってんだろーが」
「あ゛……ごめん、つい。あの、B展示室……です」

 こいつ相当入れ込んでんだろうな。よくよく見ればいつもより腕時計を気にする頻度が目に見えて高い――お前も仮にも被害者と同じ"超高校級"だろうがしっかりしろ童貞はホントこれだからやんなるわ――うっかり実った初恋に最近浮かれっぱなしの甥っ子がよたよた先導してくれるのに続きながら、ざっと事件のあらましを纏める。
 罪状は窃盗。関係者に怪我や体調不良などの被害は一切なし。犯行現場はこちら、超高校級の"人形師"ちゃんの作品展。彼女自身のネームバリューと、目玉となっていた最新作の人形が相俟って話題を呼び、平生このギャラリーに訪れる客足の1か月ぶん程が初日にすでに押し寄せていたほどだと聞く。その会場で犯人が持って行っちゃったのが、これまたよりにもよってその目玉のお人形だというのだからなんとまあベタな怪盗ものかしらんと思ってしまう。ポスターで"人形師"のお嬢さんの傍らで椅子に座っていた、透き通るような白い肌と異国の海のような瞳を持つあの人形で十中八九間違いなかろう、窃盗っつかもう誘拐だわな。件のお嬢さんは自分の作品であるお人形らに対して並々ならぬ愛情を注いでいるとは聞き及んでいる。

 傷心のレディが控えている部屋とあって、軽くノックの2回は最低限の礼儀。ややあって「……はい、どうぞ」と聞こえた声色は思った以上に気丈なもので、凛とした快いニュアンスを伴っていた。成程、と思う。感情の波を極力立てぬよう教わって育ってきた深窓の令嬢だろうか、気品と優美さに満ちた空気の中に無垢で純粋な芯の部分を感じる、声色にしてもディスプレイされたお人形たちの纏う雰囲気にしても、

「……わざわざお呼びたてしてしまって、申し訳ありませんでした。あの、……私、希望ケ峰学園のほうから参りました、――」
「一条雅サン、だね。……怖い思いさせたろ、悪かったね。心配しねえで大丈夫だ、直ぐオッサンとコイツとで大事な人形は取り返してやっからよ」

 ――手塩にかけて愛で創ってきた作品が何者かの手で無慈悲にも持ち去られた、心労は計り知れないだろうに先ずは俺たちに深々と一礼してのお目通りと相成った、彼女自身の仕草にしても、だった。


//つづきます

Mar 09, 2017 06:04
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