翌日
昨日言われた事が頭から抜けなかった零は1人ぼんやりと屋上から空を見上げていた
(確かに、生きるってのが俺は嫌いだ。けど自分が死にたい、そう思っているつもりはなかった)
零はぼんやりとしたまま、ただ無心に目の前に広がる青を見つめ続ける
(昨日、どうして俺は言い返せなかった…?心のどこかで、俺は消えたかったのか…?)
混乱している零の心とは裏腹にスッキリとした青が視界にうつり続ける
(…全てをリセット、したかったのか?俺は…)
脳裏に浮かぶ記憶はお世辞にも楽しかった、生きてて良かった
そう言えるような優しいものではなくて
零の表情が知らぬ間に苦くなっていく
(あいつ、"事実に気づかないふりをしようとしてるだけ"って言ったよな。俺は、死にたいのか?)
いくら自身に問いかけても答えは分からないまま
そんな永遠にも続くような思考を遮ったのは、不意に聞こえた扉の開く音

「あれ?サボり仲間はっけーん」
「お、まえ…!」
見覚えのある透き通るような黒の瞳
どこかふわふわとした話し方
風になびくような髪色はきれい茶髪
けれど、それが下品な色ではなくどこか気品を漂わせるような雰囲気
そして、聞き覚えのある優しくてけれどどこか哀しい雰囲気の、声
「あ、昨日の人だ!」
「お前…」
互いを指差し暫く呆然としていた二人
先に口を開いたのは後から来た青年の方だった
「あんた、この学校の人だったんだ!」
嬉しそうに笑うと、ふと視線を下に向けて呟く
「へー、三年せ―なんだ…先輩だったんだ!」
ちらっと靴を見て青年は笑う
「そう言うお前は1年なんだな。」
「そうだよ。ねぇ、先輩今日はね、なんでかわかんないけどあんたに会える気がしてここきたんだ。俺健気(笑)」
「きしょくわりーよ、昨日からなんでそんな俺にこだわってんの?」
零は冗談交じりに、けれどその真意が知りたくて、目の前の青年にそう問いかけた
彼は、変わらないでその表情に笑みを浮かべたままいう
「ん?先輩がね、失っちゃったもの見つけたがってるから?」
「は?」
つかみどころのない、そう思っていた彼の瞳がまっすぐに零を見て、そして笑う
「先輩ねー…ずっと、手伸ばしてんのみえんだなー」
意味が分からないと思った
同時に少しだけ、その瞳に自分が足掻きながら必死に生きてきた全てを見透かされているような気分になって
少しだけ背筋が寒くなった零はさっさと逃げようと思い、背中を向けた
彼のすぐ横を通り過ぎて扉を開けようとした、けれどなぜか後ろに引きつけられるように
不意に後ろを振り返ると屋上の端を平均台のように歩いてる青年の姿
「…死にたい訳?」
呆れたように零が彼に問う
「ん?俺?生きたいよ―?昨日も言ったじゃん、俺生きるの大好きなんだよ。足掻いても苦しくても必死になって生きるの大好きなの。どんだけなくなっても見つかるまで生きるって決めてんの」
彼は、危なげなく屋上の端から再びこちらに戻ってくると、そう言ってほほ笑んだ
その時、彼は困ったように零の後ろ側を見つめて
やがて彼は再び口を開いた

「ね、先輩。名前教えてよ。俺はね、橘光祈。果実の橘に、光に祈りって書いてたちばなこうき!」
「光に、祈る?」
それでそう読むのかと驚いた零は思わずそう聞き返す
慣れているのだろうか、目の前の青年はうなずく
「珍しいっしょ、ほら、先輩も名前!」
目の前で笑って言われて零も口を開く
「冬槻零、冬にきへんの槻に零でふゆつきれい、だ」

その名前を聞いた瞬間、目の前にたたずむ彼の表情が一瞬暗くなったように見え
けれど、零がその真意を聞くよりも早く彼は再び笑って口を開いて
「零先輩、ね。よろしく!」
嬉しそうに手を差し出されて、つられたように零も手を伸ばす

握手した先でこちらまでつられて笑ってしまいたくなるほど、嬉しそうな笑みを浮かべた光祈がいた

「俺、零先輩に会えたの、嬉しい!」
「あーそう。」
臆面もなく笑ってそんな事を言うから
零は照れくさそうにそっぽを向く

「だから…先輩をそっちには連れていかないでね…」
少しだけ困ったような光祈の表情
「は…?」
怪訝そうに聞き返した零に、光祈は笑ってみせると
「んー、何でもない」
そう言った
手をはなした光祈は背伸びすると寝転がる
気持ち良さそうに目を細めて空に手を伸ばした彼はどこか哀しい笑みを浮かべた

特に離れる理由もなかった零は寝転がった光祈の横に同じように寝転がる

目の前に広がるのは変わらない、まっさらな青い空

「先輩…」
不意に光祈が零を呼ぶ

「…なんだよ?」
「先輩は、この世界が嫌い?」

何を言い出すんだ、こいつは

けれど、そう問われた声が哀しそうに聞こえて零は口を開くのを躊躇う

"大嫌いだ、こんな世界"
そう、喉元にまででかかった言葉を呑み込む

それが分かったのだろうか
「ごめん、先輩。変な事聞いて」
光祈はそう笑ってみせた

二人は沈黙を守ったまま、ぼんやりと空を見つめ続けていた

不思議と、その沈黙は心地よく感じられて
気づけば光祈は穏やかな寝息をたて眠っていた
その規則的な呼吸音に、うとうとと零も眠気を誘われる

その瞼が耐えきれずに閉じられ
すやすやと二人は眠りにつく

優しい時間が、ゆっくりと過ぎていった






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