タクシーからはじかれたかのように慌てて降りる、もつれそうになる足に舌打ちがでる
頭の中は、あのバカ後輩の事でいっぱいだった


「あの、すみません、光祈…橘君の病室ってどこですか?」
焦ってうまく舌が回っているのかすら危うい
自分が何をこんなに焦っているのかよくわからない、けれど、何かが俺に告げている気がしたんだ

”始まった”と


受付の人は俺に訝しげな視線を向けながらも病室の場所を教えてくれた
お礼もそこそこに俺はその病室を目指す


「光祈!!!!」
たどり着いた病室の扉を開けると同時に後輩の名前を呼ぶ

ベッドの上に座って外を見ていた見覚えのあるその後ろ姿が驚いたようにその肩をはねさせる
ゆっくりとこちらを振り返ったあいつはやはり驚いたように目を見開いていた

「零、せんぱ、い…?」

振り向いたあいつの頭にはぐるぐると巻かれた白い包帯
あちこちに見える擦り傷のような跡

「何…お前、どうしたの」
思わずそんな言葉が口をついて出た

「逆流が始まったんだよ。俺が今まで自由にしてきた分の逆流、世界が俺は新しいねじにふさわしくないから排除しようとしてんの、先輩、ごめんね。まきこんじゃったかもしんない」
それにこたえるように彼は珍しくそう言って少し苦い笑みを浮かべた

「ね、じ…?」
疑問しかないようなその返答に俺は首をかしげる

「先輩、逆流が始まったんだよ。ほんとは、今ここに先輩が来ちゃいけなかったんだけどね」
困ったように笑うと俺を手招きする
「先輩、先輩」
ひらひらと手のひらを動かして俺を呼ぶその姿はいつもと変わらないのに

すぐ傍にやってきた俺に彼は手を伸ばす

「先輩、もう。本当に、タイムリミットだ。先輩を巻き込んだら、意味がないじゃない」

”俺は先輩のためにここにいるんだから、こうしているんだから”
まるで囁くように、彼はつぶやく

何を言っているのかわからない
逆流ってなんだ
どうしてお前なんだ

聞きたいことも問い詰めたいことも山ほどあった
けれど、目の前で俺に手を伸ばした後輩があまりにも泣き出しそうな顔をするから

「光、祈」
久しぶりに、その名を音にして唇に乗せる

ん??
首を傾げた後輩をそっと引き寄せて、その腕の中に収める

「…意外と小っちゃいんだな、お前」
「…先輩、ちょっと意味わからないよ」
「うるせーな、なんとなく小さい子ってこうやってあやすって前に聞いたんだよ」
「なんだかすごく間違ってる気もするけど…」

でも

腕の中の彼は嬉しそうに微笑む

「先輩ならいっか」

そして体をそのまま俺に預けた彼はそっとつぶやく

「ね、先輩。俺ねきっとこれからめちゃくちゃいろんなことに巻き込まれてきっとボロボロになる。でも、先輩の声聞けたら頑張れる気がするんだ。」
「電話番号…知りたいって暗に言ってるか、それ」
クスリ、と笑む音が聞こえた気がして、包帯のまかれた頭をなでていたら
彼はその首を縦に振る
「別に、教えるのは構わねーけど…」
「けど…?」
不安そうに顔をあげ聞き返したあいつの額に軽いでこピンをかますと
「お前がぼろぼろになる前に、せめて連絡して来いよ。俺が助けられる範囲なら助けに行ってやるから」
いささか芝居がかっているかな…と、言った後に後悔したものの目の前のあいつが数回瞬きをした後、嬉しそうに…ひどく嬉しそうに微笑む

「ありがとう」

そういうと、光祈は不意に預けていた体をはなす

「どうした?」
「先輩、学校に戻っていいよ」
「なんで…」
「今日、確か実習実技あるって前に先輩言ってたよね??だから、戻ってやっておいでよ。俺も今日いっぱい病院だし、心配しなくても大丈夫だから」

まるで子供を諭すかのように言った彼は俺に向かって笑ってみせる
いつもと変わらない笑みを浮かべて手を振る

何を言っても聞かなさそうなところを見ると、譲る気はないようだ
俺は一つため息をつくと、彼のそばから立ち上がり、扉へと向かう

「じゃ、真面目な俺は学校に戻ることにするわ」
そういって俺も精一杯笑ってみせる

「うん、」
そういって笑みを浮かべたあいつに身を返し俺は病室を出る


「…痛いね、けど、これからだよ、がんばれ俺」

病室を出てすぐにあいつの呟く声が聞こえた
胸に残る不吉な予感は拭い去れないまま、俺はその場にいても仕方がないのでいったん学校に戻ることにした

”大丈夫だ”、そう言って一生懸命笑顔を浮かべたあいつの頑張りを無駄にしないためにも
その言葉を、信じたかっただけなのかもしれないと
あとになって俺は気づく

けれど、いつだって俺が気付いた時には


「光祈…」

分からなかった、自分が何にこんなにおびえているのか
どうして、こんなにも胸に残る不吉な予感が続いているのか
そんなぐちゃぐちゃを抱えたまま、俺はあいつの言葉を信じただひたすら無心で学校に戻った




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