18



その言葉を耳にしたような気がしながらも黒子を背負ったまま黄瀬は広い部屋を進む
やがて、見覚えのある、信楽焼のタヌキの置物を見つけた瞬間、うつむいていた黄瀬の顔は自然と上がる
「緑間、っち…?」
「黄瀬、遅いのだよ」
彼が目線をあげた先には懐かしい、優しい緑色
「緑間っちっ…!!!」
「…久しぶり、だな。とりあえず、黒子のリスクだけ、最小限まで減らしておかなくてはな、そこのベッドに寝かせてやれ」
「緑間っち、医者になったんっすね…」
「??みれば分かるだろう?」
「うんっ…、そっか…」
よく分からないとでも言いたげな表情をしながらも黄瀬がベッドの上に下ろした黒子の姿を一通り診察すると、ほっと息を吐く
「思ったほど、ひどい状況ではないみたいだな…これならあいつもそう騒がずに済む」
独り言のように呟いた”あいつ”が気になって黄瀬は思わず口をはさむ
「緑間っち、あいつって…」
聞く前に答えはでた
「あ、テツ君、もうリスク負ってきたんだ、ちょっとみどりん、一番に呼んでって言ったじゃん!!!もー!!」
「桃井、あまりうるさいと、黒子の体調にさわるぞ」
「しょうがないじゃない!!テツ君が一番身体的にリスク厳しいって言ってたんだもん!!心配するにきまってるじゃな、っ…!!!きーちゃん、だよ、ね…?」
ふいにカーテンの裏からひょっこりと顔をのぞかせた彼女を、確かに黄瀬は見覚えがあった
その、呼び方に、その、しゃべり方に、何よりも緑間の呼んだその名前に
「桃、っち…?」
黄瀬は、驚いたように目を瞬かせ、かつてのマネージャーであり良き相談相手でもあった彼女、“桃井さつき”のあだ名を口にした
「やっぱり、きーちゃんだ!!!」
「だから、桃井、ここは病院なのだ から静かにするのだよ!!」
「良いじゃない、!!みどりん達は“他の世界”でもきーちゃんに会ってるからいいけど、私はこの世界で初めてきーちゃんに会えたんだから!!興奮もするもん!!」
「分かった、分かったから、少し落ち着くのだよ!!」
「もー!!高尾君、なんであんな簡単にみどりんと話せるのかその話術を教えてもらいたい!!」
「お前だって普通に話してるだろう!!!」
「っふっあはっ。あははは」
不意に口げんかの様な会話を繰り広げていた緑間と桃井がキョトンとしたように黄瀬を見る
黄瀬はというと、本当にうれしそうに、楽しそうに
「変わんないっすねっ…っ桃っちも、緑間っちも」そう笑ってつぶやいていて
その表情を見た緑間と桃井は自然と微笑む
「きーちゃんも、変わってない、本物の、きーちゃんの笑顔、久しぶりに、見れたね」
「黄瀬も、変わっていない様で良かったのだよ」
お互いに微笑む
やがて、優しい雰囲気の中で最初に口を開いたのは緑間だった
「黄瀬、黒子から聞いているだろうと思うが、俺も同じように他の世界の”俺”から記憶を受け継いでいる、そのリスクも承知の上だ。桃井、ついでだ、紫原を、呼んでおいてくれ。」
「ん、分かった。むっ君しか、届かないもんね。ちょっと連絡してくるね」
”すぐ戻ってくるね”そう言い残して黄瀬の頭を嬉しそうに撫でた桃井はケータイを手に再びカーテンの裏に消えていった
緑間が目の前に座る様に薦め、それに頷き黄瀬も緑間も腰を下ろす
緑間は口を開いた
「俺は伝える事を、正直言ってあまり賛成はしていなかったのだよ」
「え…?」
その唐突に告げられたその言葉の意味が理解できるまでに、頭の整理がつき切っていなかった黄瀬は少しの時間を要した
「な、んで…?」
「言えば…」
少しだけ苦しそうな表情を浮かべた緑間はそのまま言葉を続ける
「言えば、お前は嫌でも他の世界のお前の事を思い出して、きっと辛いと思うだろうからな。そして、“青峰”の事も」
緑間は黒子の寝ているベッドの方を見ながら口を開く
「お前に、伝える事を決めたのも、リスクが一番身体的にかかるにもかかわらず受け入れる事を選んだのも、黒子が一番早かったの だよ。」
緑間は少しだけ微笑みながら「まぁ、皆ほとんど同時に決めたようなものだが」
そう、呟く
「黄瀬、お前のために負うリスクは関わった分だけ重くなる。黒子と、赤司が最たるパターンだ。紫原も俺もそれなりにリスクは負っている、が心身共に危険にさらされるのは、最初から動き続けていた赤司と黒子だろう。それでも、“この世界”の”俺達”はお前を選んだ。俺が、お前に伝えなくてはいけないのは、そこまでの過程だ。少し辛い話になるだろうが、俺には結局それを伝える事しかできはしない。すまないのだよ」
いつもは変人だろうがなんだろうがまじめ一徹で、まっすぐな緑間らしい謝罪だった
その謝罪に黄瀬は驚いた様に首を振る
「なんで緑間っちが謝るんっすか…!!むしろリスクを背負わせるような事になっちゃった俺が一番謝らなくちゃいけないっすよ…!!ごめん、ごめんなさいっス…!!」
「違うのだよ、黄瀬」
「え??」
「お前を巡らせてしまったきっかけはきっとおそらく、俺、なのだよ」
「…え…?」
今まで、ずっと根底にあった概念が一気に崩れ去った音が聞こえた
それが表情に出たのだろうか、緑間はわずかに焦ったように口を開いて言葉を続けた
「勘違いするな、お前がやらなくちゃいけない事は黒子も伝えた通りの事で変わりはない、お前がその連鎖を断ち切るには、お前と”あ いつ”とそのどちらが欠けても成り立ちはしない」
その言葉に一瞬だけ止まっていた息を吐き出す
「び、びっくりした…!!」
「だが、俺が、その連鎖のきっかけをお前に与えてしまったかもしれない」
「…どういう意味っすか…?」
言葉の意味がよく分からない
緑間の目線がわずかに伏せられる
「お前達が事故にあったあの場所は、昔俺の仲間と共に清めた場所だ。あそこらへん一体の幽霊は基本的に俺たち、あの世界の“緑間”の仲間や、大切に思っている人たちには手は出さない様にしてあった」
”ただ”
そう続けた緑間
「あいつ、あの“青峰”についてしまったあの幽霊だけは別物なのだよ、あいつは、どうしても縛りきる事が出来ずに大分あやふやなままになっていた、だが、本来 気性の荒い幽霊でもないし、あんな事になるとは思っていなかったんだ。」
心底後悔した表情
”あの世界の“黄瀬涼太”から始まった連鎖の原因は、あの幽霊にある”
緑間はそう告げると再び黄瀬に向き合って口を開く
「黄瀬、お前のしたい事、いややらなければいけない事は変わりはしない、それだけは覚えておいてくれ。あの幽霊は事故を引き起こす前にどこかで負の感情を暴発させていた青峰を見つけた。黒子から聞いての通り、心配だという感情をうまくコントロールできていなかったのだろう、バカだからな」そう言って少しだけ笑う緑間
そして再び彼は言葉を続ける
「幽霊にとって負の感情は悪霊への一歩で最高のエネルギー源になる。おそらくあの幽霊も思っているよりもずっと強い負の感情の味に、その幽霊にとってのうまさに少し調子に乗ったのだろう。結果、お前達の事故は、引き起こされた」
「…っ!!!????あれはっ…!!」
「全て、見えていたのだろう、そして案の定幽霊が一番欲しい体の持ち主に 負の思いが知らぬ間にたまっていた青峰の体から、一瞬青峰の意識が離れかけた瞬間にその精神に入り込んだ。…そしておそらく予想外の成長を遂げた。その為に黄瀬、お前が巻き込まれた。」
「意味が、わかんないっス、っよ…?」
黄瀬は首をかしげる、だがその表情は分かりたくないと切実に訴えていた
その表情を見て僅かに表情を歪めた緑間だが彼の口は真実を伝えるために動き続ける
「あの幽霊はおそらく負の感情だけではなく、青峰の思いに同調したのだろう、だが、それをひねくれた解釈をした。お前が“伝えられる“その時まで目の前で大切な人を失う苦しみをその身を持って味わえと、この“青峰”の体が味わった分だけの恐怖を、苦しみを、味わえと。おそらく、そんな風に同調したの だろう。青峰が、あの世界の青峰が何より恐れていたのは、何を隠そうにも“黄瀬涼太”という存在がいつかどこかに自分を置いて消えてしまう事だったからな」
その言葉に不覚にも泣きだしそうになった。
それはあの世界で黄瀬涼太がリアルに感じていた不安そのままで、本当は、いつかこの幸せが実は夢だったとかそう言うオチで終わるんじゃないかと、青峰は自分の事なんて何とも思っていなくて、いつか自分から離れていってしまうんじゃないかって、だから怖くて必死に気を引きたくて、そんなことばっかり考えていたあの世界の、“黄瀬涼太”そのもので
でもそんな思いさえきっと独りよがりなんだろうと、さびしく思っていたのに
まさか同じように不安に思っていてくれていて、同じように思っていてくれたという事が知れて
不覚にも彼は、その言葉に涙が出そうになったのだ




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