17



彼の部屋と思われるシンプルなデザインの部屋に通される
「黄瀬君、もう誰かに逢いましたか?」
「え…?」
部屋に入るなりそう問われた黄瀬はぽかんと口を開けたまま驚きの表情を浮かべる
「その様子だと会ってないんですね…じゃぁ、僕が一番最初ですか…。黄瀬君、僕は今から君にある事を伝えます。ですが、伝えた後に、きっと僕は、僕の体はまるで電池が切れたように倒れるでしょう。そしたらこの町にある総合病院に連れて行って下さい。それを、先にお願いしたいのです。君のためにも、僕のためにも」
「どういう…」
「すみません、説明している余裕はないんです。無茶苦茶な事を言っているのは分かっています。でも、黄瀬君、君のためだという僕の言葉を信じてください、今の僕にはきっとそれしか言えません」
その懇願するような黒子の様子が、巡り始める前に「きみを助けたい」そう言ってくれたかつての「黒子」の姿と被る
「……総合病院に連れていけば、いいんっすね…?」
気付けば「黄瀬」の口は勝手にそう呟いていた
「っ…!はい、ありがとう、ございます。全ては、先ほどあなたを引きずってきた僕の妹が分かっていてくれています、分からない事があれば、彼女に聞いてください」
頷いた黄瀬を見て黒子は満足げに微笑む
そして、再びまじめな表情に戻り彼は口を開いた
「僕は、巡る前「君」の仲間であった「黒子テツヤ」と、巡り始めてからであった「黒子テツヤ」から「黄瀬涼太」君の記憶を受け継いでいます」
「それっ、はっ…!」
「君を見た時、どうやら僕も一緒に巡っているのではないかと、心配していたようですが。大丈夫ですよ、僕は巡ってはいません。だから、君がそんな風に自分を責めて、泣く必要なんてないんですよ?」
そう言って、「黄瀬」の眼には彼の知っている世界と寸分変わらない、優しい微笑を浮かべた黒子が彼の頭をなでる
「君は、本当に優しいんですね。君の知り合いではない「僕」の事まで心配して、背負って、泣く必要なんてないんですよ。ただそれぞれの世界にいた「僕」が君を助けたいという別の世界の「僕」の言葉を聞き、 共に流れ込んできた情報に、別の世界の「僕」が痛いほどに後悔している事が伝わって、「僕たち」は皆「黄瀬君」を救うためにそれぞれの情報を受け継いだだけなんですから。」
「でもっ…!そのせいで黒子っちは、俺に何かを伝えるために何かを背負ってるんっすよねッ…?だったらッ…」
「どうして、いつもそうなんですかっ…!!黄瀬君、僕は、好きで君を助けたいだけなんです、そんな風に泣いている君を見るのが、辛くて、幸せになって欲しくて。ただそれだけなんです、だからそんな風に泣かないでください。別世界の「僕」が君を大好きで仕方なかったのがよく分かるような気がします。君は、本当に、純粋なまでに、バカ正直で…優しいんですね」
「黒子っち…!」
「だから…いえ、今はお いておきましょう。ごめんなさい、時間がないんです。話を始めましょう」
ふいにやさしい微笑みを浮かべて黄瀬を見ていた黒子は居住まいを正して真っすぐに彼のことを見つめる
「今から僕が話すのは、君がきっとすでに知っていることだと思います、それでも僕に与えられたのはそれを伝える役目だけです。苦しんでいる君が、あの世界からの「青峰君」が少しでも早くお互いに見つけあえるように」
そう言って彼は一つうなずくと再び口を開く
「君は、昔「青峰君」に伝えてこなかったんですよね。本当に大切だということを伝えてこなかったんです。だから彼は体の力が強制的に抜かれたときに乗っ取られた。君も出会ってきたあの幽霊に。」
俺が首をかしげたのを見て黒子は困ったように微笑む
「そんな納得いかないっ顔ですね。黄瀬君、君はあまり分かってはいなかったかもしれませんがそれでも君は誰にでも明るくて、いつでもその中心にいたんです。青峰君はそん な君も大好きでしたけれど、同時にあの王様、傍若無人なあの王様も」
そう言ってわずかに懐かしそうに笑ってみせると再び言葉を続ける
「黄瀬君が自分のことだけを本当にそういった意味で好きなのかを少しだけ不安に思っていたんですよ」
「なっ…!!!」
「君は、きっとそういった意味でもそうじゃない意味でも青峰君を大好きなのは見ていてもよくわかったことです。それでも君に溺れてしまっていたあの馬鹿峰君は、そんな小さなことを不安に思っていたんですよ。君はよく”大好き”だという言葉を他の人、例えば僕、あの世界では君の仲間だった“黒子テツヤ”にもよくいっていましたよね」
そう言われて黄瀬は不思議そうにうなずく
「でもそれでも、黒子っちへの好きと青峰っちへ の好きの意味は違ってるっすよ?あたりまえじゃないっすか」
よく分からないとでも言うように黄瀬は首をかしげる
それに対して、記憶の糸を手繰り寄せるように黒子の眼は細められ、やがて口を開く
「黄瀬君、君にとってはそうだったんでしょうね、それでもあの君に溺れすぎてしまっていた馬鹿峰君はそんな事すら分からなくなっていたんですよ。」
「でも、青峰っちはそんな風なこと一回もっ…!!!」
「言う訳ないじゃないですか、本人すら事故にあった、幽霊に体を乗っ取られる直前までそんな事分かってなかったんですよ。彼はどこまでも本物の馬鹿ですから」
そう言って面白そうに、そしてなんだか懐かしそうに黒子は微笑む
「黄瀬君、君はいままでいくつもの「死」を体験してきたよ うに見えます。でも、それも、この世界で青峰君を見つけてそして「伝える」ことができれば終わるはずです。」
「でも黒子っち、青峰っちは「俺」に会うと問答無用で死んじゃうんっすよ…?」
黄瀬はそう言って本当に苦しそうな表情を浮かべる
「何度も何度も思ったっすよ、青峰っちに会いたいって、そのたびに周りに助けてもらって、必死に探して青峰っちを助けようとした。けど、俺に会えば、「俺」が世界に殺されるか、俺が死なない代わりに「青峰っち」が死んじゃう…!!もう嫌なんッスよ…!!!」
黄瀬はそういうなり嗚咽を漏らす
当然だろう、彼にとっては今まで目の前で何度も何度も自分の大切な人が目の前で「殺されて」きたのだから。
泣き出してしまった黄瀬を黒子はなでる。
「黒子、っち…!!もう、嫌っす…!!もう、嫌なんっすよっ…!!」
「…よく頑張りました、君は頑張りました。だからもう大丈夫です、大丈夫ですよ。」
やさしく頭をなでていた黒子は黄瀬に囁くように伝える
「君が一人で頑張っている間に、僕と同じように記憶を別世界からキセキのメンバーは受け継いでいます。赤司君が、僕たちにすべてを教えてくれました、この世界、ではないですが。」
泣いていた黄瀬は驚いたように顔を上げる
「僕たちは、君のために記憶を受け入れることを選んだ。だから、君は泣かないでください、君が自分を責める必要はない」
赤司君は、初めてそれを伝えた時に、リスクを負う事も承知してくれと、そのリスクの内容 まできちんと教えてくれた、と黒子は笑う
「皆、迷いましたよ、それでも自分たち自身で選んだ。だから大丈夫です」
黒子は、変わらずに微笑む
「黄瀬君、全ての準備は着実に進みました、今までたった一人で頑張ってくれてありがとう。もう、大丈夫ですから、だから、“伝えてください”」
その言葉を口にした瞬間黒子の目の焦点が不意にぶれる
「黒子、っち…?」
「ごめん、なさ、い。そろそろ、時間、みたいです、ね…最後、にっ…黄瀬、君。」
ふわふわとしているのだろうか、今にも倒れそうなほどに苦しそうなのに、黒子は微笑んで黄瀬に触れる
「どの世界の僕も、”君”が、大好きです。それだけは、忘れ、ない、で」
そう言って、黄瀬の額に軽く口づけると同時に黒子の体は傾く
「黒子っち……っ!!!!!!」
そのままふらりと黄瀬の方に黒子の体が倒れ込む
それを受け止めた黄瀬は暫く呆然としていた
「お兄さん」
その声が聞こえたのはどれほどたってからだろうか
「早く、私のおにいちゃん病院に連れて行ってあげて、その体に受け入れてるリスクは、本来なら受けなくていい物なんだから。早くしないと、お兄ちゃん、戻れなくなっちゃうから」
「え…?」
「お兄さん、行こう、私が全部分かってるから」
そう言って、先ほど黒子の元へ連れて来てくれた彼の妹は少しだけ寂しそうな表情を浮かべると黄瀬の手を引く
倒れこんでいた黒子の体を背負うと、黄瀬は妹にひかれるままに黒子を連れて病院へと向かった

「黒子の妹です、お兄ちゃん、“黒子テツヤ”を連れてきました」
ついた先の総合病院と思える受付で彼女がそう言うとナースの一人がやってきて、案内をしてくれると受付嬢に言われた
「いえ、大丈夫です、彼に伝えていただけますか、場所は分かっていますので」
そう彼女が伝えると受付嬢は了承したように頷いた
やがて、彼女について行くと大きな部屋の前についた
「あの…」
「お兄さん、大丈夫だよ。だから、なか、入って」
彼女は有無を言わせずに黄瀬をその病室らしき部屋の中に背中を押して入れる
「そのまま進んで、私はここにいるから」
“お兄ちゃんを、よろしくね”




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