さくり、さくり。 森に生える丈の長い草を踏み分けて青年は前に進んでいく。 足取りは、重く。 この森を抜ければ、懐かしいあの町へはもうすぐだ。 瞼の裏には、昔家を出たときの町の姿が今でも鮮明に焼きついている。 あれから、どれだけ経っただろうか。 自分の弱さから、この街を出て行ったあの日から。 かつて友と呼んだ彼らは、どうしているのだろうか。 自分など、とうに忘れてしまっただろうか。 それでも、自分は───、 星 雨 の 重 奏 <00:プロローグ> 男性にしては長い紺瑠璃の髪は首の後ろで無造作に結ばれ、蒲公英のような暖かい金を湛えた瞳は、何かを思い出すように細められている。 しかし、そこに映るのは郷愁というよりも、苦い何かを噛み潰したときのような、そんな色。 (…あの時、俺は、他に何かすることが出来たんじゃないのか) 一歩進むごとに重くなる足をそれでも止めることなく進め、内心では過去を思い返す。 青年──アルクスは、ウィンドルを出身とする旅人だ。 数年前にとある理由からで故郷であるバロニアを飛び出して、それから家に帰ることは無く。 逃げ続けていた自覚は、ある。やらなければならないことは、あったはずなのに。 それに、一人置いてきてしまった妹は、どうしているだろうか。 しかしそれは今考えても仕方の無いことだ。 (……少し、) 思い出してみよう。 あのときの、出来事を。 あのときの、自分を。 → |