06 青年と助け








「ウィンドルって平和な国じゃなかったわけ?」

誰に答えを求めるわけでもないコートの青年の独り言は、ぽつりと呟かれて空に消えた。
アルクスは思わず彼を凝視する。スピカを明らかに避けた弾丸と先ほどのセリフは自分達を助ける側のものだと捕らえて問題ないだろう。しかし、一体誰だというのだ。
光を反射する白銀の髪に、こちらを睨みつける碧の瞳。纏うのは髪色に反する長い黒のコートで、靴までも黒い。一目見た限りでは黒尽くめという印象をアルクスは受ける。
知り合いだっただろうかと思い当たるふしを探すが、特に見当たらない。

その場にいた人間全員が状況についていけ無いといった表情をして、固まっている。
はっと我に返ったアルクスは、これが機だと自分を取り囲んでいた男数人を全力で蹴り飛ばす。地に伏した数名は明らかに気を失っていたが気にすることなく。
それによって相手が動き出すより早く、アルクスは事に戸惑っているスピカの元へ駆けるとぎゅうと抱き寄せた。

「大丈夫か?」

返事もなくしがみついてきたスピカを宥めるように背を撫で、アルフォードの方を向く。
アルフォードはやっと我に返ったところだったらしく、こちらではなく銀髪の青年の方に向き直っていた。

「何なんだお前!」
「んー…ただの通りすがりだけど。こういうの放っておけなくてさあ」
「ふざけん……っ!?」

殴りかかろうと走り出したアルフォードの言葉は最後まで続かなかった。
銀髪の青年が構えたままだった銃のトリガーを迷いなく引く。途端、先と同じ炎を纏った銃弾が恐ろしい速さで空を裂いた。
それはアルフォードの横数センチを掠め、その先の壁を焦がし、穴を開けた。当のアルフォードはぴたりと動きを止める。遠くで見ていたアルクスにも、それが恐怖からつながる行為であると理解できた。

「…どーでもいいけどさ、次は当てるよ」
「……ぐっ……」

ぴたりと銃口をアルフォードに定め、青年は呟く。目には冗談の一欠片も見当たらない。
アルフォードは数秒悩んだ挙句、引くぞ、と取巻きたちに小さく声をかけた。アルクスの所為で伸びている数人は別の男が運び去っていく様子は、とても騎士志望とは見えず最早野盗の域じゃないか、とそっとアルクスは思う。

「……ふう、良かった」
「…お前は」
「ん。あー、急に割り込んでごめんな。お節介だったか?」

彼らが見えなくなるまで見送ってから、青年は安堵したようにそう独り言ちた。アルクスが声をかけると、思い出したかのように振り向いて笑みを浮かべた。
──さっきとはまるで別人だな。思わずそう思うほどには今しがたの戦闘時とは違う雰囲気を纏っている。

「いや。むしろ助かった…ありがとう」
「どういたしまして。助けなんて要らないって言われたらどうしようかと思ったよ」

苦笑しながら言う青年は、おそらく自分と同い年くらいだろう。背丈は少しだけアルクスより高いが、平均より少々低いアルクスから考えれば普通か、それよりちょっと上といった感じだ。
なんとなく、アルクスは彼が自分に似ている気がする、そんな感覚を持つ。

「そっちの子も、大丈夫だったか?」

目線を落とし青年が声をかけたのは、アルクスの後ろに隠れていたスピカだ。スピカは数度瞬きすると、少しだけ顔を出して青年と目を合わせる。

「だいじょうぶ、です……あ、の」
「うん?」
「助けてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。怪我は……無いみたいだな。…本当に良かったよ」

目を細めて、青年はふわりとスピカの頭を撫でる。その視線はまるで初対面の人物には宛てるにふさわしく無いほどのとても暖かい感情を孕んでいるように思えて、アルクスは不審に思う。そして同時に、既視感に捕らわれた。
どこかで、見たことがある風景な気がするのだが、まるで思い当たらない。

「アルクス。で、こっちは妹の──」「スピカ、です」

そういえば名乗っていなかった、と気がつきアルクスが名乗ると、スピカもそれに続き青年にそう告げる。
それを聞いた青年は覚えるように何度かその名前を呟いて、言う。

「アルクスにスピカな、うん。覚えた」



「俺はカロン。カロン・ウィンターソンだ。」




 




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