05 城下町で










父に今日の事態を伝えたのは大方あの兄だろう。なんて無駄なことをしてくれるんだ。
そもそも根本的に悪いのは自分じゃないというのに。非は、確かに自分にも有るが。
イライラと沸いてくる衝動を少しでもどうにかしたくて、早足で廊下を進む。

正直に言えば行きたく無いの一言に尽きるが、さすがに自分以外を巻き込んでそんなことは出来ない。
自分はラントに向かい、グレルサイドに向かわなければならないわけだ。怒りもイライラも大きいがもう溜息しか出ず、どうしようもないこの現実は受け入れざるを得ない。

父の元にいた時間は10分にも満たない。ふと外を見れば、日が落ちるまではもう少し時間がかかりそうだ。アルクスは部屋に向こうとしていた足の進行方向を変えることにした。
目指すのは、窓から外が良く見える景色の良い一部屋──スピカの部屋だ。

さっきとは打って変わったリラックスした様子でドアをノックすると、すぐにあどけない声で返事が返ってくる。

「スピカ、」

俺だよ──と告げるよりも早く、勢い良く扉が開いて、その先にふわりと揺れる空色が目に入る。
待ってましたといわんばかりの表情を浮かべ、彼女はまたぎゅうと腰の辺りに抱きついてきた。

「アル兄!」
「…っと。悪い、待たせたな」
「ううん!…あれ?アル兄、元気ないみたい。何かあったの?」

表情をくるりと変えて今度は不安げな表情を浮かべたスピカにアルクスは思わず目を丸くする。自分は妹にも見透かされるほどわかりやすい表情をしていたのだろうか。
服の裾をぎゅっと掴まれると、アルクスは申し訳ない気持ちになる。彼女に辛い思いをさせじとしているのに、逆に心配されたのではあまりに情けない兄だ。

「大丈夫だよ、なんでもない。…ただ、明日からちょっと出かけなきゃいけなくなって」
「しばらく帰ってこれないの?」
「…ごめんな」

あからさまにしょんぼりとした様子の妹の頭を撫でてひとつ謝ると、続けてアルクスは言う。

「だから、スピカ。この後外へ遊びに行こうか。居ない間の分まで、今日のうちに。どうだ?」
「ほんと?行く!」
「よし、じゃあ決まりだ。待ってるから仕度しておいで」

ふっと微笑んでスピカにそう告げると、スピカはきらきらとした笑顔を浮かべて部屋に戻っていく。ドアを閉じてそれに寄りかかると、先ほど聞いた話を思い出す。
グレルサイドでの護衛の件はさておき、ラント卿への届けもののほうが引っかかる。いつも無表情の父が、わかりやすいほどに変化するくらいにはフレイザーとラントは微妙な仲なのだ。
アルクス本人はラント卿に会った事が無いためそちら側がどう思っているのかは知る由も無いが。
…兎に角。それだけの内容の届けものだということか。父は確か手紙だといっていた。一体どんな内容なのだろうか──と思案をめぐらせると、背を預けていたドアが後に引かれる。

「アル兄!仕度できた!」
「ん。じゃあ行くか」

出かける用の服に着替えたスピカが部屋から出てきて、それを告げた。
わくわくした様子のスピカを見るとアルクスは苦笑しつつ、玄関へとむかって歩き出した。





アルクスは普段からバロニアを良く見回っているため何の感慨も沸かないわけだが、スピカは違っている。
年の所為も有り一人で家の外に出ることなどまず無いし、兄や父が連れ出すといったことも無いといって良い。そもそも、一人で外に出る等といっても許可は下りないだろうが。結果、スピカが街に出るときはいつだってアルクスが一緒のときになる。

行商の露天やカフェのテラスを次々と通り過ぎていく。それは何でもない普通のバロニアの姿だが、何もかもが彼女の目には珍しく映るらしい。
アルクスの数歩先を視線をきょろきょろしながら楽しそうに歩くスピカを見て、その後ろでふう、と気付かれないように溜息をつく。そんな彼女の姿を見ているのは楽しいし、連れて来た甲斐があったというものなのだが。
アルクスはどうも心ここにあらずといった様子で。
スピカを連れ出したのは自分の気分転換もあったのだが、やはりどうしても気になることは気になるのだ。どうも良い予感がしない。

と、そんな様子で歩いているとスピカが振り返ってこちらに近寄ってくる。
両手にはひとつずつの紙コップを持っていて、中身をこぼさないようにふらふらしているといった風だ。アルクスは思わず自分から近寄って片方を受け取る。
いつの間にか自分の小遣いで買ったらしいそれは露天のものらしく、紙コップに並々とジュースが注がれている。アルクスが片方を受け取ったのを見ると、彼女はふわりと微笑を向けてきた。

「あのね、いっぱい歩いたから疲れちゃったの。あっちで休んでもいい?」

こちらを伺ってくるようにそう言うスピカ。彼女が言いたいことは、つまりそういうことだ。
アルクスはぐしゃりと自分の頭をかきあげて、あー、と小さく唸った。妹にここまで心配させるなんて、どうにかしてるし情け無いことこの上ない。長く一息ついて、彼女にそうだな、と返事をした。
今度はちゃんと並んで歩いて、休める場所へと進む。
それは、バロニアの中心に近い位置にありながらあまり人の近寄らない廃れた教会。その前に有るそれなりの大きさの広場は人も少なく、アルクスが良く行っている格好の休み場所だった。
その隅の、花壇の淵に二人で座り込む。アルクスがスピカの方を向けば、何を気にした様子もなく先ほど買ったジュースに夢中になるその姿。
スピカに声をかけようと口を開こうとするが、しかしそれは他の人物によって遮られた。

「よぉ」

ピクリ、とアルクスが反応する。先ほど聞いたばかりの忌々しい声だ。
視線をスピカから逸らし声をした方へ向けば、そこにいたのは別れてから数時間と経っていない青年、アルフォードだ。
アルクスはコップを置くと立ち上がり、一歩そちらへと歩みを進める。スピカは意味が解らないと言った様子でアルフォードとアルクスを交互に見て首を傾けている。

「……何の用だ」
「ひどいんじゃねえか、それは。なあ?」

誰に聞いているのかと思えば、アルフォードはご丁寧なことに取巻きを左右に数人ずつ連れている。
チッと舌打ちするとアルクスは持ったままだった剣の柄に反射的に手を伸ばす。こんな大人数で来られたとなれば、彼らの目的はひとつしか無いだろう。

「さっきはよくもやってくれたよなあ」
「……どの口が言うんだ」

吐き捨てるようにアルクスが答えればニヤニヤした表情を浮かべていたアルフォードは解りやすく表情を変える。
実習のときにやり返した自分も自分だとは思うが、そもそも先ず仕掛けてきたのも挑発してきたのも他でも無いそっちだというのに。理不尽なことこの上ないが、アルフォードからしたらそんなことはどうでも良いのだろう。あの場で失敗したということが一番の問題であり、彼はその責任をアルクスにひとえに押し付けようとしているわけだ。
今日はひどい厄日だな、と思いつつアルクスは臨戦態勢に入る。

「おっと、いいのか?」

不敵な表情を浮かべるアルフォードにアルクスは不審に思うが、すぐにそれを理解する。

「やれ!」
「な…っ!」

その合図と同時に、アルフォードを取り巻いていた数人が一気に動き出す。数人はアルクスを囲むように、そして残りは。

「や、やっ…!」

短い悲鳴にアルクスは急いで後ろを振り向く。囲まれた先で視界に入るのは、数人の青年に囲まれて腕を掴まれている妹の姿だ。
恐怖からか小さく震え、アルクスに助けを求めるようなまなざしを向け、その瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。

「おまえ…っ」
「ほら、これでも剣を抜けるか?」

変わらずニヤニヤとした表情を浮かべるアルフォードに殺意が沸く。とても騎士を目指している人間とは思えない非道な行為。
──どうもこうも、早くスピカを助けないと。
どうしたものか。アルクスは必死に考えるが、焦りで頭は混乱するばかりだ。動かなくても発動できる輝術は生憎アルクスは使うことが出来ない。

(…万事休す、か…?)

そんな最悪な考えが過ぎった、そのときだ。

ずどん。そんな重い音が広間に響き渡った。

「うわああぁ!?」

途端スピカを取り囲んでいた男が散り散りになっていく。炎を纏った銃弾が、彼らの元に打ち込まれたのだ。正確にスピカを避け、青年達に向かい。



「───そんな小さい子に寄って集って、お前達何してるんだ」

銃弾が打ち込まれた逆には、黒いコートを羽織った青年が銃口をこちらに向けて立っていた。





 


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