04 命令








部屋に入るとドアを閉じて、ドアを背に立つ。すぐにでも出られるように、ドアのギリギリに、だ。


自分はどうも息が詰まるような空間は好きじゃない。もうこればかりは性分なのだ、仕方ない。
こういうことから考えても、多分自分は根本的に騎士ってガラでは無いんだろう。
今現在もこの張り詰めたような空気に嫌な感覚しか覚えない。自分の家、とはいってもほとんど入る事の無いこの場所はアルクスにしてにては他人の家以上に苦手なことこの上ない。

「只今帰りました。…お呼びだと伺ったので」

眼前に座っている父をまともに見ることもなくぼそりと呟く。父のことは嫌いというよりかは、昔から苦手といった感情が強い。ほとんど話したことが無いのだからそれも当然なのかもしれないが。

「……ああ、来たか。」

低い声。
部屋に入ったときから続いていたペンの音が止まり、父の視線がこちらに向いたのが解る。それを俯きがちな視線で受けながら、彼が続きを話すのを待つ。
余り良い話ではないだろうなと腹を括っていると、父の口から出たのはアルクスの思考の斜め上のものだった。

「お前にはラントに向かってもらう。」
「………はい?」
「ラントだ。お前はラントにいるラント卿に手紙を届けてもらう。それが今日呼んだ用件だ」
「……ラントに?俺が?」

ラントといえばここバロニアから西にグレイル湖を越えた先にある、フェンデルとの国境の町だ。地方自治の色が強いウィンドルにおいて、そのラントも例外ではない。
そしてラント卿は非常に国家に深い忠誠を誓っていると有名であり、アルクスですらそれは良く知っている。騎士の家といってもフレイザーは彼ほどの忠誠心は持っていないのだろうと思う。
騎士の家というのにそれはどうなのか、と常々思っているわけだが、それを口に出す力などアルクスには無い。
さらにラント卿とフレイザーはあまり良好な関係を築いているとは言いがたい。同じ現ウィンドル王ファーディナントに仕える身として、双方の考え方が大きく異なるためだ。
揺るがない忠誠心を持つラントと、家へのプライドが強いフレイザー。相反するのは当然といえるだろう。

それでも使者を送らねばならないというのは恐らくそれなりの用事なのだろう。兄ではなく自分を選んだのは恐らく、家に忠実がゆえにラント卿に良い感情を持っていない兄よりも自分が適任だと考えたのだろうためだろうか。

「…そうだ。そしてその後グレルサイドに向かい、護衛の任務を行ってもらう」
「…は?」

二度目の思考停止。予想外にも程がある。一体どういうことだというのだ。

「騎士団にも通じる人物だ。お前の評価を上げることにもつながるだろう」
「なっ…俺は!」
「口答えは許していない」

今までの騎士学校での素行は当然父にも届いている。このままでは卒業もだが、何よりも卒業後が困る、それはアルクスが一番良く解っているつもりだ。しかし自分はどうしても向かないし、自分が騎士になって国を守れる人物ではないと開き直っている。
しかし『フレイザー』はそれをよしとしないらしい。家から『騎士にもなれない問題児』が出てしまうのは体裁的に問題なのだ。今までは傍観に徹していたらしいが、ついにしびれを切らしたらしい。
父は自分を“売り”に走り出したのだ。

「………っ」
「出発は明日早朝。それまでに仕度をしておけ。詳しい資料は部屋に届けてある。…話は終わりだ。下がれ」

有無を言わせぬ様子にこれではアルクスは下がらざるを得ない。
込み上げてくる言葉を無理矢理に飲み込んで振り返り扉の取っ手を掴むと、思い出したかのような声が届く。

「──…今日も問題を起こしたらしいな。いい加減自覚を持て。お前の持つその姓の意味を」

バタン。最後までその言葉を聞くことなく、アルクスは勢い良く扉を閉じた。


────これだから、この家は嫌いなんだ。

目を伏せてそんなことを考えながら、アルクスは一人、誰も居ない廊下を歩み始めた。

 



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