01 時は春。 麗かな春の日を浴び、町中の花壇は色とりどりに咲き乱れ、人々の心も浮き立つそんな時期。 この王都セインガルドは春の訪れを喜び、華やかに活気付いている。 そんな中、その華やかさとはかけ離れたような薄暗く散らかった部屋で、一つの影がベッドの上をもぞもぞと動き回っていた。 その様は春眠暁を覚えず――まさにその言葉が相応しいだろう。 今は夜明けは愚か、最早太陽は空の頂点に登りかけている時間であるが。 「う……?」 ふと雲間から差した一際強い日光を浴び、その影はようやく身を起こした。 むくり、と起き上がりベッドから離れると、人影は明かりを付け、部屋の隅に申し訳程度に置かれた鏡台の元へ向かう。 その鏡台に写り込んだのは、歳は十代の半ばと見える少年か、少女か。 髪は黒く、寝起きのためかあちらこちらへとクセがついている。手入れが行き届いていないのか、些か纏まりにかけていた。 薄く開かれた瞳は濃い赤を呈し、さながら店に飾られている宝石のように濁りが無い。 顔立ちは中性的で、肩に付かない程度に切られた髪も相まって初見では少年に見える――が、鏡に写っているのは、正真正銘、少女である。 「これは…、酷いなぁ」 あちこちにハネた自らの髪を手でいじりながら一人呟く。 しかしながら実際には然して気にした様子もなく少女は部屋を見回した。 けして広いとは言えない部屋には、更に部屋を圧迫するかの様にベッドや机、本棚が詰め込まれている。 年頃の少女に見られるようなカラフルな小物等は一切見当たらない。 可愛らしいクッションの代わりに、本棚いっぱいに詰められた何かの専門書。 さらに本棚に入らなくなったためか床にも何冊か重ねられていた。 机にはペンとインク、図や文字が細かに書き込まれた大量の紙。 この部屋の状況から見るに、この少女――レイスが、ごく一般的な少女ではない ということは火を見るより明らかであった。 「…よし!」 そのレイスは、髪を弄るのを止めたかと思うと、身支度を始める。 洗面所顔を洗い着替えを済ませると、すでに昼食に近い遅い朝食を取るために簡素なキッチンへ向かい、小さなマグカップにミルクを注ぐ。 主食には昨日のうちに買っておいたぶどうのパンを。 多少硬くなっていたが、気にせず平らげて食器を片す。 急いで先の部屋に戻ると、机に立て掛けてある一筋の刀剣を手にとった。 大事に扱われているらしく、汚れひとつ見当たらないそれを腰のベルトに取り付ける。 最後にコートを身に付け、お気に入りの白いマフラーを巻く。玄関でブーツを履けば全ての支度は終了。 「いってきます!」 誰もいない部屋に挨拶をして、レイスはドアノブに手をかけた。 彼女の物語は、この日から廻る。 → |