18 更に時はすぎて、秋。 客が多いため手伝ってくれと店長に頼まれたレイスは、例の喫茶店、エトワールに居た。 食欲の秋と言うだけあってか、午後のティータイムに食べられるであろうケーキは大量に売れていく。 ケーキ以外にも軽食を扱っているため、ちょうど昼時の今は食事を取りに来る人も多く忙しいことこの上ない。 王宮に入って以降あまりこの店に来ていなかったレイスにも声がかかるほどなのだから当然であるが。 テイクアウトも扱うレジに立っていたレイスは、今日は休みだった――あまりレイノルズからの仕事がないため差し支えが無いためだ――王城を思ってひとつ嘆息した。 「早く終わりにしてリオンと手合わせしたいー」 「しっかり仕事してくださいよー、レイスさん」 「それは解ってるって」 ティーポットを持って通りすぎたアルバイト仲間に軽く叱咤される。 ショーケースに寄りかかるのを止めて一度伸びをすると、ちょうどのタイミングで入り口が開いた。 「いらっしゃい…ま…せ」 挨拶をしようと顔を上げると、入ってきた人影を見て呆気にとられて思わず口を空けた。 (メイド服……!) 入ってきたのは一人の女性。 クラシックなロング丈のメイド服を身に纏い、ひどく目を引く。 しかしそれ以上に、レイスは彼女の容姿に目を奪われた。 歳は二十代前半だろうか。黒くたっぷりとした黒髪は肩甲骨を隠すあたりまでさらりと流れ、彼女がすこし動けば一緒にふわりと揺れる。 小作りな顔には大きく優しげな眼差しの瞳に薄紅色の唇。メイド服からはほっそりとした白い腕が覗くその様子は同性のはずのレイスですら息を漏らすほどだった。 (きれい、だな) 「あの、テイクアウトができると伺ったんですが…」 「え?あ、できますよ。」 見とれていたレイスは思わず反応が遅れる。 レイスの言葉を聞いてほっとしたようにケーキを選び始める女性。どれにしようかと迷っているのか、手を顔の辺りに寄せていた。 挙動のひとつひとつが可愛らしくもあり、自分とは真逆だ、とレイスは舌を巻く。 「どれもおいしそうですね…、オススメとかはありますか?」 「そうですね、……オーソドックスですがショートケーキやモンブラン等はいかがですか?」 「じゃあそれを一つずつ、お願いします」 「かしこまりました」 注文されたケーキを取り出して丁寧に紙の箱に並べて置く。 箱を閉じようとしたところでまた扉が開く音と来客を告げるベルが鳴った。 「いらっしゃいま……」 「………マリアン?」 レイスの挨拶を遮って一声。 声はたった今店に入ってきた、よく見知った顔から発せられたものだった。 それは驚いたような顔をして呟いたリオン。 「え、リオン?」 「レイスもか…、仕事はどうしたんだお前」 名前を呼んでやっとレイスが居たことに気がついたらしきリオンはレイスに向いて言い放つ。 「今日は休み。リオンこそ何で…」 この様子からわざわざレイスに会いに来たわけではないことは明白。 ならどうして、と思ったところでリオンが店に入ってきて早々に呟いた言葉に気がついた。 「リオン様、お知り合いですか?」 「あ、あぁ…、一応」 あれは、今目の前にいるメイド服の女性の名だろう。 思い当たったところで案の定二人は会話を始める。 しかし、何故リオンがこのメイド服の女性――マリアンと知り合いなのかはまるで想像がつかなかったが。 「マ、マリアン、さん?」 「はい。申し遅れましたが…、ヒューゴ邸にてメイドをしています、マリアン・フュステルです」 「ヒューゴ邸……?」 レイスはますます意味がわからなくなった。 何故ヒューゴ邸で働いているメイドがリオンと知り合いなのだろうか。 その疑問に答えたのは、不思議そうな顔をしているのに気がついたリオンだった。 「僕は――ヒューゴ邸で世話になっている。それだけだ」 「ヒューゴ邸で……?知らなかった」 「言って、いないからな。当然だ」 ならば、以前の良く知り合っているようなリオンとヒューゴの会話もわかるところがある。 あのなんとも言えない雰囲気は解決しなかったが。 止まっていた手を再度動かし始めながらレイスは思考する。 「リオン様のご友人だったんですね。ここを教えてくださったのも…、」 「なっ、マリアン!別に僕は…!」 弾かれたように顔を上げたリオンはマリアンに必死の弁解を試みる。 リオンが見せるその必死さが滲むような顔はレイスが見たことが無いような、年相応といった様子で。 すぐにマリアンに宥められていたが、その後も不服そうな顔でそっぽを向く。 どこか、雰囲気に柔らかさを含みながら。 多分、本人は無意識なのだろう。 それは自分が見てきたリオンとも、城内で聞く彼の噂とも、まるで違う。 レイスは今までとは別人を見ている様な感覚まで覚えた。 そのため、マリアンの発言も聞き逃してしまっていたのだが。 「…………、」 「あ。ごめんなさい、お会計ですよね。」 その応酬に思わずまたも手を止めてしまっていたレイスに、少し勘違いをしたらしいマリアンが声をかけた。 「えっ、あ、はい、1400ガルドです」 そう返すと、マリアンはぴったりをレイスに渡してケーキを受け取った。 彼女が小さく礼をして背を向けると、そのままリオンもレイスを一瞥だけして踵を返してしまった。 その靡くマントをつかんで、そもそもお前は何をしに来たんだと聞きたかったが、聞いたらだめだ、と頭のどこかで警鐘が響く。 「ありがとう、ございました」 ドアから出ていく二人にかけた声は、いつもより低くて掠れていた。 (どうしてこんなきぶんになるんだろう) ← |