赤霞 | ナノ





17


「え?……っ!!」

投げられたのは一般的な型の剣で、リオンと対峙していた兵が使っていた支給品のものだろう。

真意を確認しようと顔を上げれば、猛然とこちらに向かってくるリオンの姿。
手には紛れもなく抜き身のシャルティエが握られている。

「リオン……!?」


返事はない。
リオンを止めようにも恐らく間に合わないし、彼は止まる気もないのだろう。
レイスが相手をする以外に道は見えない。

レイスは鞘から剣を抜いてすらいないが、リオンはシャルティエを振り上げる。
他に方法がないと悟ったレイスは体制を低くし、鞘のままでリオンの攻撃を受け止めた。

「いッ……」

かなりの力で放たれたらしい一撃をまともにうけとめたため、手にはかなりの痺れを感じる。

「何考えてるんだ、リオン!」

「手合わせをしたことは、無かったな」

「答えになってないんだけど……」

強い力でシャルティエを振り払い、リオンから間合いを取る。
ひゅっ、と空を裂く音を響かせてリオンは一度シャルティエを地面に向けた。

その間にレイスは鞘から剣を抜く。
普段使っているものより少し重い、剣のずっしりとした重さが腕にかかる。
鞘を投げ捨てると嫌なばきっ、という音を立てて地面に落ちた。
理由は明白だが確認したら負けな気がしたため放っておく。


「やりづら……」

慣れないながら数回素振りをして感覚を確かめると、リオンと同じように構えを取る。
必然的にリオンと目が合い、見たことの無い射抜くような鋭い視線を感じる。この時点で押し負けるような気分になるが、レイスは一度強くまばたきをして雑念を取り払った。

先に動いたのはリオン。
深い踏み込みによって先ほどレイスが空けた間合いを一気に詰める斬り込み。
ほぼ反射に近い反応で身を引くと、今まで自分が居た位置をシャルティエが切り裂いた。
間一髪避けたレイスだが、髪の数本がはらりと飛ぶのがわかった。

そして息をつく間もなくリオンの突き攻撃。
これには刀身すれすれの位置に滑り込んで対応すると、そのまま横をすり抜けて先ほどリオンのように背後に回り込む。

しかしそんなことを許す筈もなく――それとも最初からそれを読んでいたのかもしれないが、レイスがその行動を起こすとすぐさまリオンもレイスを追ってぐるりと半回転。
レイスは、ほんの少し遅れて自分を追ったリオンと自分の向きあうまでの一秒ともとれないラグに反撃をしかける。
すれ違った際の勢いは無理矢理片足で制御して、逆足を軸に前方へ流れるような斬り上げを一発。

まさかこんな無茶をしてまでしかけてくるとは思っていなかったらしいリオンは一瞬怯むが、すかさずシャルティエを用いてその攻撃を正確にパリィした。

攻撃が掠りもしなかったと解ったときにはレイスの剣は弾かれ空中に投げ出されていて、無防備な状態であることを悟る。
しかしそれは急な回避をしたリオンも同じようで、どちらも体制を整えるべくバックステップで間合いを取った。


「さすがにこれぐらいじゃ駄目か」

「そこまで使えないわけでは、無さそうだな」


軽口を叩きながらもお互いの視線はぶれることなく交差し、またいつ攻防が始まってもおかしくない。

しかし二人の緊迫の糸を切ったのはどちらの動きでもなく、どこからか聞こえてきた拍手だった。


「………?」

「いやはや失礼。面白いものが見れたものだからね」

流れが切られた二人は剣をしまい音の主を見る。


二人を見下ろす観客席に姿を見せたのは、一人の男性だった。
高い背に品のある佇まい。
口には笑みを称えているが視線は鋭さと冷たさを孕み、レイスにはどこかリオンを彷彿させた。
何をしているわけでも無いというのに、途方もない威圧感を覚える。


そしてその姿を視界に入れた途端、リオンが苦々しげな表情をしたのをレイスは見逃さなかった。


「ヒューゴ様……」

「ヒュー…ゴ…?あのオベロン社の…」

「知って貰えているとは、光栄だ」


ヒューゴ・ジルクリストはたった二十年の間に一代でオベロン社を大成させ、民衆の生活水準までもを大きく変えたとしてもセインガルド中に名を轟かせ、国に彼の名を知らない者など居ないと言われている。

「何故、このような場所に?」

「たまたま通りかかったまでだ――ところでそこの君」

「は、はい」

「君はリオンの良い友人のようだ……、リオンをよろしく頼むよ」

「……わ、かりました」


リオンの問いをさらりと流し、レイスの方をへ視線をずらしたヒューゴは、レイスにそれだけ言うと踵を返して去ってしまう。
レイスはその視線に背筋に寒いものが走るような気がした。
言葉と裏腹に冷たく、まるで色の無い。


彼が何がしたかったのかはレイスには理解できなかったが、それ以上に彼の言い様が無い雰囲気から逃れられたことに感謝した。

彼は内政にも干渉するほどの実権者であるため城内にいたのはそのためだろう。

リオンがヒューゴをよく知った様子であったのは明白だったが、疑問に思ったところで今しがたのリオンの表情と、隣に立つ少年の俯いた様子から聞き出そうと言う気は起きなかった。


「苦手だ」

「レイス?」

「なんか、測られてる様な目だった――気がする。なんか、恐い」

「…………」

半ば独り言のように呟く。
リオンも押し黙り、二人の間には嫌な沈黙が漂う。


『今その話をしても仕方有りませんよ。レイス、見せたいものがあったんじゃ?』


二人の様子を見かねたらしいシャルティエが気遣うような口調で訪ねてきた。
急な手合わせと鉢合わせにレイスですら忘れかけていたが、シャルティエの言葉でやっと本来の目的を思い出す。


「あ…、そうだった。リオン、これを見てほしくて」

「…ブレスレットか?」


レイスが取り出したのは銀色に光るブレスレットで、一ヶ所に丸くて少し窪んだ分厚いコインサイズの部品が取りついている様子は特殊な腕時計を感じさせるが、文字盤は見当たらない。


「俺の今までの成果!一番にリオンに見せたかったから」

「何…?」


ポケットからレンズを取り慎重に窪みにはめる。
その上から透明なカバーをかけてレンズが滑り落ちないよう固定すると、それを腕につけてレイスは目を瞑る。

精神を集中して、強くイメージ。

「"グレイブ"!」

途端、何もない地面からぼこ、と音をたてて鋭い岩が表れる。虚空を裂いた岩は、数秒留まった後に跡形もなく消え去った。
「これは…」

『晶術…!』

「うん。俺なりの、リオンにおかえし!」


花が開いたような笑顔をリオンに向けると、面を食らったようにリオンは目をぱちりとする。

「別に僕は……、他の晶術はどうなんだ」

「他の晶術はぜんぜん。俺にとってこの術が一番相性がいいみたい。だから、ここから」


レイスが言わんとするところを把握したリオンは視線を泳がせてから、ほぼ無理矢理話題を反らす。

「そうか。まぁ、最初よりは大した進歩だな」

「うん!ありがと、リオン」


レイスは懲りずにまたリオンに笑いかけた。
暗い空気はもう、無い。


 




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