赤霞 | ナノ





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『坊っちゃんてば素直じゃないですねぇ』

「うるさいぞ、シャル。ところで」

レイスがケーキを食べていると、一度フォークを置いたリオンがレイスに向き直る。


「俺?」

「あぁ。――お前、研究とやらをしているんじゃなかったのか?」

「あー、うん。まぁそうなんだけど」


リオンの問いに歯切れ悪く狼狽えるレイス。

リオンからすると、前回の流れから考えてレイスは研究をメインとして生活しているのかと思えば、全く関係の無いようなカフェテラスで店員をしているのだから至極全うな質問だった。

「多分、俺とリオンの間に齟齬が有る気がする」

「齟齬?」

「あぁ。俺、リオンが思ってるほどちゃんとした研究はしてない」

リオンは紅茶を啜りながらレイスの話に耳を傾ける。
特に相づちはないが、先を促しているのは確かだろう。


「俺は一般人だし…見れる文献とかも限られてる。自分で言うのもあれだけど、言い方を変えれば趣味の延長程度なんだ」

「……ほう」

『趣味の延長…』


発言に関する各々の思うところが違うなか、レイスは話す。


「うん。研究っていっても前にも言ったように既存機械の組み換え位しか出来ないしね」

『気になってたんですけど、文献って……』

「ん?殆ど天地戦争時代の、ハロルド博士のやつ。現存してるのはあまり多くないけど」

『そ、そうですか……』


ハロルドと聞き、どこか遠い目をしていそうな口調でシャルティエは言う。


「どこにそんな物が?」

「ストレイライズの知識の塔。今まで使ったのはほぼあそこのヤツ」


ストレイライズとはこの世界に存在するアタモニ教の神殿を指す。
ダリルシェイドから遠く無い位置に有る総本山には各地に有る神殿とは違い、大量の本や資料を貯蔵している知識の塔がある。


『へぇ……一般のとは違うんですね』


「一般に売ってるのも使うけど、あんまり新しいの情報は無いなぁ。オベロン社がある今、個人でレンズを研究しようなんてヤツまず居ないからね。需要が無いんだ」

「確かに、オベロン社以外でレンズを研究する者は然るべき組織に居るのが基本だからな」

「そ。王宮の研究室とかね。それなら王宮所持の図書も閲覧できるけど、俺には無理。あそこには結構有るみたいなんだけど」


そう言いながらレイスは少し残念そうな顔をする。


「……事情は解った。しかし」

「なんでこんなところにいるのか、だろ?簡単だよ、生活費稼ぎ」

『生活費って……、レンズをうったりすれば良いじゃないですか』

「あぐ。そ、そうなんだけど」


シャルティエに不味いところをつかれたらしいレイスは解りやすく慌てる。


「確かにあの場には結構なレンズがあった。暫くの十分な生活費にはなるだろう」

「……いや、思い出してほしいんだけど」

「?」

「俺、あのときかなり急いでリオン追っかけたじゃん」


リオンとレイスは先日のことを思い返す。
一緒に帰るため、先を歩くリオンを急いで追ったレイス。

「……、まさか」

『レンズ……』

「全部置きっぱなし」


しばしの無言。
絶句に近い二人と、二人の反応にやっぱり、という顔をして両手で顔を覆うレイス。


「とんだ馬鹿が居るものだな」

「だって拾ってたらリオン待っててくれなかっただろ!」


必死に弁解を試みようとするがレイスの声はむなしく響くばかりだった。


「しかしレンズを撒いたら結局本末転倒だろう」

『しかも換金も出来ませんしねぇ』

「うぅ……」


モンスターは動植物が過度にレンズから影響を受けることで生まれる物で、その根元のレンズをばら蒔いては討伐した意味が薄れてしまう。

どこまでも抜けているレイスにリオンはまた、ため息をつかされた。



*


「うん。いろいろ言われたけど、やっぱ話せて良かったよ、リオン」

「こっちは疲れるばかりだったがな……」

「……それについては悪かった」


一個のケーキとカップの紅茶はあっと言う間に無くなる。


レイスについての話の後は、リオンの仕事やシャルティエについての話をぽつぽつとリオンの口から聞くことができた。

先日の帰り道よりは大した変化だ、とレイスは思う。


どちらともなく席を立つ。
少しずつ西日が強くなり、時間の経過を二人に教える。


「さて、お開きかな。じゃあ俺、払ってくる」


リオンが口を開く前に、レイスは人差し指を立てた手をリオンの前に付き出す。


「俺が誘ったんだから、いいの。もし気になるなら、無理に誘ったお詫びにしておいて」


「……解った」


渋々と言った風に頷いたリオンに微笑みつつ、レイスはレジに向かった。


リオンと話せた時間を考えれば安すぎると感じた代金を払いに。



  





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