▼ 第四夜
「おい…十六夜珱…!」
焦ったように、珍しく心配そうに零は珱を揺さぶる。
『…はぁ…は…っ』
「い、十六夜センパイ…」
ビクッと肩を震わせた珱は零からバッと離れると、優姫や零からよろよろと距離をとる。
『あ……ぅ、あ…っ』
「お前…」
揺らぐ珱の瞳に暗闇でも分かる深紅が混じりかけていることに零はハッとする。
「大丈夫で…」
『来ないでッ!!!』
初めて聞く珱の鋭い声に、恐る恐る不安になって近寄ろうとしていた優姫は足を止める。
『錐生……く…にも、近づか…で』
「優姫…!?」
はっと優姫、零、珱は階段の下を見る。
「か…枢センパイ…」
『…寮長』
珱の真っ白な制服の首もとが真っ赤に染まっているのに枢は眉を寄せ、同じく血に汚れている零を睨む。
「血に飢えた獣に成り下がったか…錐生零」
枢が階段をあがってきたところで、珱は限界になりその場を走り出した。
「十六夜センパイ!」
思わず後を追おうとした優姫を枢が止めて庇うように前にでた。
『……ッ』
走り出していた珱は眩む視界と足りない血に足をもつれさせながら、寮の自室に駆け込んだ。
『はっ、はぁッ…はっ』
ガタガタと棚の引き出しを荒々しく開けて、見つけ出したピルケースを手にして開ける。水も用意せず錠剤を一気に数粒飲み下す。
『…っ…』
激しい吸血衝動は幾分か収まるが、血に飢えた赤く光る瞳は元の夕陽のような色には戻らない。床にしゃがみ込むと、小刻みに震える体を抑え込むように抱きしめる。
ーーーーコツ.
「珱」
クラスに寄って来た枢は開けっ放しの珱の部屋に来たが、反応を示す余裕すら今の珱には無かった。
「優姫を庇って自分から血を与えたんだってね」
『こ、来ないで…』
珱が言うも後ろ手にドアを閉め枢は靴音を響かせ室内に入る。背を向けてしゃがみ込んでいる珱に枢は目を細めると、そっと背後から抱きしめた。
「傷はもう塞がってるけど…結構な量の血を奪われたみたいだね」
珱は奥歯を噛み締める。指に歯を当て枢はカリ、と噛み、血が溢れ出しているのを見て珱の前に出した。
『あ…』
ドクン。
部屋に充満する香りと、目の前にある鮮血に本能が大きく脈打つ。
『っ…い、りませ…』
苦しげに眉根を寄せ珱は顔を背けた。
相手は純血種…ここは学校の敷地内…。
なんとか理性を保つ珱に枢はため息した。
『!?』
ぐっと抱きしめる腕に力が入り驚いていると枢が首筋に舌を這わせた。
『や…!』
ブツリーーーー暴れていた珱は牙が皮膚を貫く痛みに動きを止めた。残り少ない血が持って行かれる感覚に眉根を寄せ、激しい吸血衝動に耐えるように頭に手をやる。
『っ…は』
首から顔を上げた枢は珱を自分と向き合わせる。
「飲んで」
『……』
焦点が定まらない真っ赤な瞳を細めると、ゆっくりと口を枢のはだけた首筋に近づける。舌をはわせ、一瞬躊躇した珱の頭を引き寄せれば、今度こそ躊躇いなどなく珱は口を開けた。
*
『ごめんなさい寮長…ごめんなさい…』
我に返った珱は顔色が悪い枢に顔をうつむけ何度も謝る。
「どうして謝るの…?珱は、何も悪いことしてないよ」
『…ごめんなさい』
優しく頭を撫でてきた枢に珱はぎゅ、と手を握りしめもう一度謝った。そんな珱に枢は苦笑して口を開いた。
「もう珱は大丈夫?」
『はい…』
「じゃあ良かったよ」
笑いかけた枢に、珱は複雑そうに頬を赤くしていた。
next.
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