▼ 第三夜
ーーーーコンコン.
『?』
登校時間までまだ少しある変な時間のノックに不思議がりながら珱は扉を開けた。
『…寮長』
「ごめんね、まだ準備中だった?」
シャツとスカート姿の珱に枢が苦笑混じりに言ったがいえと珱は首を横に振る。
『何か御用ですか?』
「珱にちょっと、付き添ってほしくてね」
『……分かりました。ちょっと待ってください』
外に枢を残し上着に袖を通しながら珱は考え込むように目を細めた。リボンを結びソックスを履いて、ドアを開ける。
『お待たせしました』
「それじゃあ行こうか」
歩き出した枢の一歩後ろをついて歩く。
『どこに行くんですか?』
「理事長に少し用があってね」
『理事長、ですか…』
無駄に明るい優姫の義父でもある灰閻を思い出す。
「珱は錐生君の事、何か知ってるのかな?」
チラ、と振り向いて問いかけてきた枢に珱は前を向いたまま答えた。
『ご命令ならば答えますよ』
「…いや、やっぱりいいよ」
クスと笑った枢に珱は頷く代わりに息をつく。
「きゃあっ。まさか校舎の中で夜間部の玖蘭先輩とすれ違えるなんて…」
「まだ普通科との入れ替わり時間まで少しあるのにねぇ」
珱はハシャぐ普通科の女子にやっぱりと思う。と、鋭い視線を感じ前を向けば、零がこちらを睨んでいた。
「奇遇だね錐生くん…今日は優姫は一緒じゃないの?」
「あいつは補習ですよ。玖蘭先輩…」
一度目に力を込めて零は枢とすれ違う。
「…錐生くん。体調はどう?」
ばっと零は振り向く。
「お大事に…」
驚くように見ていた零がこちらを見てきた事に珱はバツマークを指でして違うと示す。
『それじゃあ寮長、私はこれで』
「遅れると思うから一条にクラスを任せると伝えてくれるかい?」
『はい』
「ありがとう」
理事長室前で枢と別れて、珱は授業面倒だなぁと思いながら歩き出したのだが、その足を止めた。
『気配がーーーー…』
少しばかり焦ったように珱は走り出した。廊下を走り、階段を駆け上がって目的の人物を見つけ出す。
『錐生零!』
荒く呼吸を繰り返していた零は珱の出現にさして驚いた様子はない。零の様子に珱は珍しくポーカーフェイスを崩し大股に零に近づくと腕を握る。
『すぐに理事長室に行って』
「っは、なせ…、!」
男女だろうが珱は吸血鬼だし、零は弱り切っている。振り解くことは出来ず零は珱に引っ張られる。
『こうなったらもう目をつぶる事は出来ないよ。君のワガママには散々付き合ったんだから、私のワガママに……』
「零…!」
『!』
ハッ、と見上げれば優姫が階段を駆け下りてきたところだった。
「え…十六夜先輩?」
零と珱が一緒にいる事に優姫は驚き目を見開くが、珱はそんな優姫に近づく。
『ここから早く離れて』
「え…離れるって、零は?どうかしたんですか?」
『あ!』
心配そうに零に駆け寄った優姫を珱は掴み損ねる。
「ぜーーーー…」
零の瞳を見て、珱は本格的にヤバいと冷や汗を流して走り出し優姫を突き飛ばした。
「いっ…!」
『噛んで!!』
バッと首筋を見せれば、零は一瞬の躊躇の後珱を抱きしめ、その牙を皮膚に突き刺した。
『っーーーー!!』
「ぜ…ろ…!?」
吸血鬼である珱から、零が血を飲み下す。目を疑う光景に優姫は硬直してしまった。
『……っ』
「!」
がく、ん、と膝から崩れ落ちた珱を咄嗟に我に返った零が支えた。
「十六夜先輩!」
「……優…姫…」
『………』
二人の声を頭上に聞き、顔色が悪い珱は唇をかみしめ目を閉じていた。
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