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第九夜





授業も終わり、いつもなら風紀委員の二人が出迎えるがいなかったことに珱は瞳を伏せた。

寮の自室に帰り、制服から着替える事なくベッドに転がって天井を眺めていると、ドアをノックする音が。



「こ、こんばんは」



誰かと開けた先にいたのは支葵と優姫で、まったく珍しい組み合わせとなぜここに優姫がと珱は目を丸くした。



「寮の前をうろうろしてたから連れてきた。珱に話があるって」

『私に?』

「それじゃ」

「あ、ありがとうございました!」



さっさと去っていく支葵に優姫は頭を下げる。



『入って』

「あ…し、失礼します…」



部屋の中に入っていった珱に続いて優姫はやや緊張気味に中に入る。



『適当に座って。紅茶でいい?』

「そんな、お気遣いなく…」



立ったまま優姫は恐縮しっぱなしに答えて、思わず部屋の中を見渡す。アンティークな調度品が目につき、地味すぎず派手すぎないベーシックな部屋。程よくレースをきかせた部屋に優姫は…。



「(かわいい…)」



意外に思いながらもちょっとばかり目を輝かせていた。



『…何してるの?』

「は」



用意してきた珱は相変わらずの無表情のままちょっと輝かしいオーラ出していた優姫を見る。



『座っていいのに』

「…失礼します」



あーふかふかだ…とか思いながら座り込んだ優姫の前に紅茶やお茶菓子が置かれていく。



「ありがとうございます…」



向かい側に珱は腰を下ろす。



『わざわざどうしたの。君が私を訪ねに来るなんて』

「…-あの…十六夜センパイ……先輩の家系が、吸血鬼社会の秩序を守るために、元人間の吸血鬼を狩ってるなら…先輩は…もしも零が〈レベル:E〉に堕ちたら…」

『狩るよ』



ぎゅ、と握りしめていた手から優姫はバッと顔を上げる。



『秩序を乱す者は始末する。それが私の…番犬たる十六夜家の使命だから』



揺るがなく言いながら珱は紅茶に口を付けた。



「昨日の…先輩は…」

『……後悔してないんでしょう?襲われたんじゃなく、同意の元の行為なら…私には関係ないよ』



カップをソーサーに置く。



『「秩序を乱されないよう監視」「〈レベル:E〉に堕ちた時の始末」。私に課せられたのはこの二点…優姫ちゃんは、自ら差し出したのだから知らない』

「そ、そう…ですか…」



ほっとしながらも、本当に珱が零を始末するためにいるのだという事に顔を曇らせる。



『聞きたい事は以上?』



家から送られてきた書類に目を通しながら問いかける珱に、どうしようかと悩み気味に優姫は視線をさまよわせて、意を決して口を開いた。



「…十六夜センパイのご実家は…純血種の番犬≠ネんですよね…」

『うん』

「…でも、枢センパイはあの日の夜、十六夜センパイを自分の番犬と言ってました……あれって…どういう意味ですか?」



書類から顔を上げた珱が真っ直ぐに、どこか惚けたような無表情な顔で見てきてビク、となる。



『昔から思ってたけど、優姫ちゃんって寮長が好きだよね』

「はいっ!?」



質問とかけ離れた解答と言葉にドキッと優姫は赤くなる。



「な、ちが、違います!」

『別に否定しなくていいよ…私寮長、好きじゃないし』

「え…」

『…あ、人としては好きだよ』

「は、はあ…」



時々家にやってきていた昔から優姫は思っていたが、やはり珱はよく分からない人だと思う。



『…ただ単に、私は寮長の番犬としてこの学園にいる…それだけだよ。お父様にも言われたしね』

「十六夜綱吉さんが…」



十六夜綱吉。
表社会では日本人でありながらイタリアンマフィアの頂点に立つマフィアのボスをしている、直感に長けた温厚な人物。吸血鬼社会では吸血鬼社会の秩序を守る存在である十六夜家当主。

ほんの数回だけ、優姫は会ったことがあったが一条に負けず劣らずの人間臭い人だという印象しかない。



『そうだ…飼い慣らしの方、よろしくね』

「あっ…」



手首にあるブレスレットを見つめ、優姫は緊張しながらも真っ直ぐに珱を見つめた。



「絶対、零を狩らせたりしません」

『…頑張って』



ふ、とバカにするでもなくただ小さな笑みを浮かべた珱に、意外そうに優姫は目を瞬かせていた。



『……そろそろ帰ったら?』



時計に目を向けながら珱が言えば、優姫ははっとして紅茶を飲み干し立ち上がる。



「いきなり来たのに色々教えてくれてありがとうございました!」

『別に…君は、寮長の特別だから。そんな君を無碍には返せないし』



バサ、と書類を置いて立ち上がる。



『そこまで送るよ。途中で襲われたら面倒だから』

「いいよ珱」

「『!』」



扉を開けた先には枢が立っており、二人ともまさかのことに驚く。



「優姫…また勝手に一人でこんなところに来て」

「ご…ごめんなさい…でも、私知りたくて……」



恐縮しながら俯く優姫に枢は仕方ないかとため息して頭をなでる。



「どうしても来るなら、昼においで。その方がまだ安心だから」

「はい…」

「珱。色々ありがとう」

『いえ…』



ドアを閉めて、二人分の遠ざかる足音を聞きながら、珱は思い詰めたように目を細めていた。



next.

  



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