▼ 第八夜
理事長室に来た珱はそこにいた夜刈にあ、とほんの少し目を丸くした。
「よぉー犬っころ」
『……』
馬鹿にするような細めた目と声に珱は気にすることなく中に入る。
「ごめんね珱ちゃん。ちょっとお話してたんだ」
『いえ』
「零の監視を任されていながら、昨日お前止めなかったな」
『…本当にヤバいと思ったら止めますよ』
「昨日は?」
『黒主優姫ちゃんがいたから。止める策はいくらでもありますから』
それに、と珱はクスリと妖しく笑む。
『私が本当に任されたのは、〈レベル:E〉に堕ちた錐生零くんの後始末ですので。監視はそのついでです…』
「ふん…昨日のもお前の仕業か。吸血鬼を狩るのは、俺たち吸血鬼ハンターの仕事だ」
『十六夜家は吸血鬼社会の秩序を纏めるのが仕事。狩りたいならもっと俊敏な対応をなさっては?』
互いに殺気を放つ中、パンパンと手をたたかれ交わっていた視線が離れる。
「こら!可愛い女の子に喧嘩をうらない!キミはさっさと準備して」
「ちっ…この隠居ボケが」
最後に珱を睨んで夜刈は理事長室を後にした。
「ごめんね珱ちゃん」
『別に…それで?』
「錐生くんは今僕の家の客室にいるよ。吸血衝動も収まって、大人しくしてる」
『…やっぱり血液錠剤、受け付けていなかったんですね』
困ったことにね、と灰閻は弱り切ったようにため息。
『どうしますか?まだ様子見を続けます?』
「うん。ギリギリまで待ってほしい。まだあの子は、自我を持っているんだ…必死に、四年吸血衝動を抑えて、これからもまだ…」
『理事長がそれでいいなら。何かあっても、責任はこっちの落ち度がない限りとらないけど』
「構わないよ」
『………それじゃ。錐生くんお大事に』
「ありがとう」
笑いかけてきた灰閻に小さく頭を下げて#aは部屋を後にした。
注目を集めながら廊下を歩いていると、前から歩いて来た生徒と珱は目があった。
「十六夜センパイ」
驚いたように優姫は目を瞬かせた。
「どうして昼の学校に…」
『錐生くんについて理事長に』
「あ…」
『昨日はご苦労様』
優姫の隣に来て足を止める。
『君のやりたいようにいいよ…私は秩序さえ乱されなければいいから』
「え…」
バッと驚いたように優姫が珱を見た時には既に歩き出していた。
*
「最近珱理事長室に行くね」
「どうかしたの?」
『色々報告する事があったから』
へぇー、と問いかけときながら支葵と莉磨は興味なさげに相槌。その時荒々しくドアを閉めて、夜刈が教室にやってきた。一気に教室は静まり返り気にした様子なく教壇まで歩く夜刈に注目が集まる。
「『倫理』臨時講師をつとめることになった夜刈十牙だ。ヨロシク?吸血鬼ども…」
「………夜刈…吸血鬼ハンターの中で今No.1とか言われてる男と同じ名前ね…」
「昨日の銃声はやっぱりコイツか……」
挑発的な夜刈の笑みに教室には段々と重たい空気が流れていく。
「安心しろよお前たち…今日の俺は教員免許を持った、れっきとした教師だからな」
「遠方に行っていたと聞いていたんですが、戻られたんですね。いまさら夜間部の偵察ですか?」
窓際の壁に背を預けながら本を読んでいた枢が顔を向けずに話しかける。
「それともこの中に殺したい吸血鬼でもいるんですか…夜刈先生=v
「どーも玖蘭枢くん。残念ながら処刑リストは今真っ白なんでね。講義が退屈で眠ったりしたらリストに加えてやってもいいが?」
「気をつけます。先生…」
くすと笑って枢は本を閉じた。
それからとりあえず授業は始まって、途中までは何事もなく授業は行われていたのだがちょっとの拍子にやはりいざこざ勃発。投げられたナイフを夜刈は本で防ぎ、その吸血鬼は枢にもちろん怒られた。
「珱」
教室を離れていた珱は廊下で月明かりに本を読んでいた枢と出会した。
「その後錐生くんの方はどう?」
『……今のところ変わりないです』
内心ドキリとしていたが、なんとか顔に出さずに答えればそうと枢はページを捲る。数秒まだ何かあるかと待つが、枢は何も言わないので少しばかり身を堅くしたまま教室に歩き出す。
「彼に情が移った?」
ビク、と立ち止まり振り向けば、本から顔を上げた枢と目があった。責めるような、それでいて哀しげな目に珱は少しの動揺を隠すように俯いた。
『何の事ですか?』
逃げるように教室に入る珱とすれ違いに一条がひょこ、と顔を出した。
「?珱どーかしたの?」
「いや…何もないよ」
「そういえば優姫ちゃん…どこかに行っちゃったね」
先程の夜刈の授業までは外に居たのだが、いつの間にかいなくなっていた。
「何か心配事でもあるのかなぁ…」
少しの沈黙の後バン、と枢が本を閉じた。
「枢…?」
「優姫は…やさしいから…」
言った後、枢は教室に視線を向けていた。
next.
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