春に溶ける
「ただいま」
「邪魔するぞ人の子よ」
にこやかに帰ってきた夏目はいつも通りだが、その手には喋る雪兎。
『……』
妖関係のトラブルに、夏目はまたしても巻き込まれたようだった。
「しばの原からずっと西へと行った村に、「魔封じの木」というのがあるのですが三日程前に切られたらしく、そこに封じられていたものが解き放たれたのです。それは黒い気を放ち、時には草木を枯らし、時には獣の心を乱す悪しきもの。放ってはおけません」
「…つまりその悪霊退治を手伝えと…?」
要約すると、そのようだ。
「…必ず」
ーーーーザワ.
「必ず奴をこの手で封印してやる」
「玄…?」
夏目と雪野が玄から感じ取ったのは、悲しみと、憎しみだった。
「…そういえば、なぜ玄はひとりなんだ?もう一匹の犬像もしばの原にはあったんだろう?」
「…ええ…あの頃は楽しかった。私達はいつも二人で森を守り、雨や雷や月や花を、共にながめて…」
玄はもともと守り神で、二匹の守り神の像が原にはあったはずなのだが…。
「ーーーーしかしあいつは…翠は粉々に砕けてもうないのです。あのしばの原にはもう、私はひとりきりなのです」
ーーーーひとりきり…。
玄の言葉に雪野の脳裏には、家の中に幼い自分が一人残されている姿が思い出された。
『…溶けないように、保冷剤用意しなきゃね』
「だな。多少は妖力で保てるというとはいえ…」
徐々に溶ける姿を見るのは心苦しい。なので、タオルを敷いて保冷剤の上が、玄の定位置となった。
「…「魔封じの木」…?」
昼休み、友人たちに夏目と雪野は玄から聞いた魔封じの木について聞いた。
「…確か昔、村を突然襲ってきた悪霊を村人とえらい坊さんとで力を合わせて大木に封印したって話だったかな」
「へぇ」
「あっ。そういえば聞いた?その木、最近道路広げるとかで切られたらしいわよ」
『封印されてたのに?本当?』
「うん。妹から聞いたの」
「恐いことするなぁ」
まったくだ!!内心激しく二人は同意する。
「森林公園付近の植物が三日くらい前から枯れ始めたのは、逃げ出した悪霊のせいじゃないかって噂よ」
「そりゃ酸性雨だろ」
ーーーー森林公園に行けば何か手がかりがあるかーーーー…。
帰ったら玄に伝えるかと夏目と雪野は頷き合った。
「ただいま…」
「おかえり夏目様、鈴木様」
庭掃除をしつつ、帰ってきた二人を出迎えたのは着物を着た青年。
「え?どちらさまですか…」
戸惑いつつ愛想笑いを浮かべた二人の目が、青年の頭から生える兎の耳を捉えた。
「お前玄か!?」
「ああ」
雪兎の名残と声によりなんと気づいた。
「依代の兎とだいぶ馴染んできたから、短時間なら本来に近い姿になれるようだ」
『どうして掃除を…』
「訓練と礼を兼ねてな」
「…そうか…ありがとう」
ありがたい事なので、恐縮しつつ礼を言うと、玄はウキウキと楽しそうに掃除を再開させた。
「何か楽しいな掃除って」
「ありがたいが程々にしないと溶けちゃうぞ」
「ほっとけ」
足下から聞こえた声に雪野は見下ろす。
「溶けてくれりゃさっさとこっちは解放されるんだぞ」
「先生」
これむいてくれ。と差し出されたミカンを雪野はむいてやる。
「ーーーー協力するって約束しただろ」
「お前またそんな甘いことを」
「はは。二人は本当に仲がいいんだな」
「…玄、どう見れば仲良く見えるんだ」
微笑ましそうに笑う玄に夏目は呆れた様子を見せる。
「昨日、雪のかけ合いっこしてたじゃないか」
「「!!!」」
『ぶふぉっっ』
ーーーーあれを見られてたかと思うと何だかすごく恥ずかしいっっ。
ショックを受ける夏目と斑に、雪野はゲラゲラと爆笑する。
「ふふ。翠のことを思い出すな…」
あ。と、雪野は学校で聞いた話を思い出す。
『………玄、森林公園に悪霊の手がかりがあるかもしれないーーーー行く?』
「ーーーーはい」
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