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橋の上まで来て、しゃがみ込む人の姿を見つけた。
『たかしくん?』
そっと、雪野が声を掛けると、しゃがみ込んでいた影が一度揺れて振り向いた。
「…雪野!?」
思ったとおり、その影は夏目だった。傍らには斑の姿も。
「なんだ雪野、お前も来たのか」
「なんでここに…ていうか、こんな時間にうろつくなよ」
『…ホタルは?』
恐る恐る雪野が尋ねると、夏目は一度口を閉じると話した。蛍の妖であるホタルは、実体を持たないが一度だけ蛍のすがたに戻ることが出来る。その代わり、虫としての寿命で命は尽きてしまう。
それでも、ホタルは言ったのだ。もう一度、虫の姿でもいい。あの人に会いたいと。
『(妖のせいで、妖なんて見るから、たくさん泣いたしうっとおしかった…でも…)』
なんなんだろうか…この、気持ちは…。
ふいと、闇の中に光が見えた。
「ホタル?」
夏目と雪野の間を、蛍がすり抜けた。目で追いかけるも、その姿はすぐに遠ざかった。
「さよなら、ホタル」
ーーーー耳もとをすりぬけていった小さな蛍は、何かをささやいた気がした。けれど妖ではない虫の言葉は、私達にはわからなかった。
ーーーーあの人にはわかるだろうか。蛍の言葉が。あの人にだけは。
「幸せそうだ」
教会で行われていた章文と女性の挙式を、夏目と雪野は斑を連れて見に来ていた。親族達に祝福され、女性と共に章文は幸せそうに笑っていた。
「ホタルもどこかで見てるだろうか」
『…見るために来たんだもん。きっと、見てるよ』
初日を思い出し、クスリと笑う。
「はぁ…見えるのに何もしてやれないのはつらいな」
「お前はあほうなんだ。いちいちしてやる義理などないだろうが」
「………」
妖と人は
所詮別ものだ。
「言っとくがな夏目、雪野。お前達が見えなくなったとしても、友人帳を頂くまでは逃がさんからな」
たとえいつの日か
妖というものが姿を消しても
出逢った思い出は
けして消えることはないだろう。
『だったら先生、約束を忘れないでよ』
「用心棒とやらにはげんでくれよ、先生」
それはけして、何ひとつ。
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