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「ーーーーあぁ、やっぱりまだ蛍はいないか……」



沼へと出てくると、沼からなんだか気の抜ける顔を覗かせる妖を見つけてしまった。



「……何かいる」

「何かいるな」



危機感ゼロな顔に虚脱する。



「ーーーーおい、人間もいるぞ。妖がいることも気付かずにのん気なことだ」

「本当だな……ん?」



岸辺に腰掛ける男性に、沼から顔を出していた妖が近づいた。



「あっ、あぶ、ないっっ」

「おわっ!!?」



考えるよりも先に、体が動いた夏目は男性の背中から覆いかぶさるように押し倒した。

ーーーーどおっ.

こんがらがるように地面へと二人は倒れこむ。が。



「あーあいつは人間は襲わん妖だ」

「そ、そうか」



思いっきり押し倒してしまったにもかかわらず、特に害はない妖だった。



「大丈夫かい?」

「…すみません、石につまずいてーーーー…」



はっと、夏目と雪野は気づいた。



「はは、元気だね」



怒るでもなく笑う男性は、昨日死体と間違えてしまったあの男性だった。



「はぁ…」



くしゃくしゃと、頭を撫でる男性に振り払いはしないものの、色々と複雑そうに夏目は照れてしまう。



「…あの、この沼…何か…いますか?」

「?蛍の他に?さぁ…鮒くらいかなぁ」



水面を軽やかに泳ぐ妖など、やはり見えていないようだ。



「蛍もまだ出ないみたいだね。また出直すよ」

「ーーーーそうですね。じゃあ、また…」



とてもじゃないが、「あなたも妖が見えたんですか?」と夏目も、雪野もきくことなんて出来ず、去って行く男性の背中を見送った。



「…今さら見える奴が会いにいっても、迷惑になるだけだろうな」

『うん…』

「ひょっとしたら、全部…」



夏目はそこで区切ったが、雪野も思った。

ーーーー全部、忘れてしまいたいと思っているかもしれない…もし、そうならキヨのこともなのか…。

隣に並んだキヨは、夏目の手を震える手で握りしめていた。




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