5
「ーーーーあぁ、やっぱりまだ蛍はいないか……」
沼へと出てくると、沼からなんだか気の抜ける顔を覗かせる妖を見つけてしまった。
「……何かいる」
「何かいるな」
危機感ゼロな顔に虚脱する。
「ーーーーおい、人間もいるぞ。妖がいることも気付かずにのん気なことだ」
「本当だな……ん?」
岸辺に腰掛ける男性に、沼から顔を出していた妖が近づいた。
「あっ、あぶ、ないっっ」
「おわっ!!?」
考えるよりも先に、体が動いた夏目は男性の背中から覆いかぶさるように押し倒した。
ーーーーどおっ.
こんがらがるように地面へと二人は倒れこむ。が。
「あーあいつは人間は襲わん妖だ」
「そ、そうか」
思いっきり押し倒してしまったにもかかわらず、特に害はない妖だった。
「大丈夫かい?」
「…すみません、石につまずいてーーーー…」
はっと、夏目と雪野は気づいた。
「はは、元気だね」
怒るでもなく笑う男性は、昨日死体と間違えてしまったあの男性だった。
「はぁ…」
くしゃくしゃと、頭を撫でる男性に振り払いはしないものの、色々と複雑そうに夏目は照れてしまう。
「…あの、この沼…何か…いますか?」
「?蛍の他に?さぁ…鮒くらいかなぁ」
水面を軽やかに泳ぐ妖など、やはり見えていないようだ。
「蛍もまだ出ないみたいだね。また出直すよ」
「ーーーーそうですね。じゃあ、また…」
とてもじゃないが、「あなたも妖が見えたんですか?」と夏目も、雪野もきくことなんて出来ず、去って行く男性の背中を見送った。
「…今さら見える奴が会いにいっても、迷惑になるだけだろうな」
『うん…』
「ひょっとしたら、全部…」
夏目はそこで区切ったが、雪野も思った。
ーーーー全部、忘れてしまいたいと思っているかもしれない…もし、そうならキヨのこともなのか…。
隣に並んだキヨは、夏目の手を震える手で握りしめていた。
▼ ◎