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ーーーーぱんっ.
雪野が友人帳から見つけ出した紙を咥えた夏目が、柏手を打つ。
「「リオウ」。君へ返そう、受けてくれ」
吐き出した吐息と共に、名が紙から出て行き黒ニャンコへと戻っていく。
ーーーードンッ.
黒ニャンコの目の色が変わったと思った直後、招き猫が砕け散った。
ーーーーばさ…
「……主様」
「主様だ…」
「リオウ様…」
群がる妖達から雪野を助けたリオウ。リオウの出現に妖達は雪野から離れ、信じられない様子で見つめる。
「ただいま、みんな」
雪野、そして夏目とリオウは目を合わせた。
「ーーーーありがとう、人の子」
そして、流れ込んできたのは、リオウの記憶だったーーーー…。
子供の姿で仕掛けられた罠にかかっていたリオウは、一人の男性に助けてもらった。その日から、その男性のもとへとリオウはちょくちょく通うようになり、人とも触れ合い、穏やかな日々を過ごしていた…そんなある日、リオウは封印されたのだ。
「君が結界を切ってくれて動けるようになった私は、彼に会いに行ったんだ。大切な大切な友人に。けれどもう、亡くなっていたよ。人の一生は短いね」
皆に阿呆だと言われた意味が、わかった気がしたよと、リオウは少しさみしそうに言う。
「森へ帰ると妖達が私のために人の家を襲う算段をしていてね。止める力が私にはなかったから、お前達をここへ連れてきて何とかしてもらおうと思って、友人帳を拝借したのさ。すまなかったね、雪野、夏目」
「…あなたを封印したのも「人」でしょう。それなのに妖達を止めようとしてくれたんですね」
「ふふ、私は人が好きだからね。だからもう、もう人里にはおりてこない」
そう笑うリオウを、二人は見つめる。
「私の居る限りは、この森の妖に人は襲わせまい。風呂、気持ちよかったよ雪野。さらば、人の子」
さらば。
その声を残して、リオウは姿を消した。二人の目にはしっかりと、大切な友人と楽しそうに笑い合う姿が焼き付いた。
こうして、ニセニャンコ事件は幕を閉じた。
「ーーーーまったく。散々な目にあったな」
「もとはといえばお前達がしっかりしとらんからだぞ」
非難する斑の額には、ガーゼが貼られてあった。
「そうだな。今回本当に助かったよ」
『ありがとう、ニャンコ先生』
微笑んでお礼を言う二人に、斑は顔を青ざめ震えた。
「ううっ。本当に素直なお前らは気持ちが悪いなぁ」
「ほんとですねぇ」
『紅峰さんまで…』
「てか何で紅峰さんもいるんだ人ん家に」
ボリボリと紅峰は当たり前の顔で煎餅を食べていた。
「ーーーー行っちゃったな、黒ニャンコ」
『うん…』
窓の外を眺めながら、夏目と雪野は名残惜しそうにため息。
『黒いニャンコって、かわいいなぁ…』
「だなぁ…」
「何だそれは」
なんとなくムカァ。
『(…なんだか、最近情が…)』
小さな頃は、さみしいなんて心を揺らすことなどなかったのに。
うーん…と、雪野は雪野で不思議そうな、不服そうな顔をして悩んだ。
「さてと、斑さまの傷も大したことないし、せんべいも食べたし帰るとしますか」
「紅峰さん」
『もう帰るんですか?饅頭もありますよ』
「あまり長居はしたくないんだ」
だが饅頭はもらおう。ちゃっかり饅頭を手に取る紅峰に二人は呆れる。
「やっぱり人は好きにはなれんな」
言葉と裏腹、その表情は行為的なもの。
「斑さまのためにも隙をみてお前達を喰ってしまおうと思っていたのに、主様の恩人ではそうもいくまいーーーー斑さま、いっそ一緒に帰りませんか?」
笑いかけながら紅峰が問いかける。
「ーーーーいや、もうしばらく」
見つめる夏目と雪野を見つめ返しながら、斑は答えた。
「私はこれらの傍らにいよう」
あっという間の、その時まで。
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