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8
夏目が浴衣を燕に贈ったその日の夜は、とうとうと雨が降った。それは三日間も降りつづけ、二葉の村はまた、水底に眠ってしまった。
燕の姿を見たのは、その日が最後となったのだ。
「燕は村に帰れたのかな」
雨が晴れた、晴天の日に、夏目と雪野は斑を連れて、ダムを見に来ていた。雨により、干上がっていたダムには水が貯まっている。
「地に縛られた妖怪は、他に取り憑かなければその場を放れられないが、帰るのは簡単だからな」
「ーーーーそうか」
「案外成仏してしまったかもしれんな」
「はは、だったらいいなぁ」
『うん』
笑い、山をおりて、燕といつも来ていた丘へと足を運ぶ。雪野に誘われ、夏目と斑は、燕の特等席であった木の枝へと腰掛けた。
「ーーーーまったく夏目、お前にはふりまわされるな」
「そうかい?」
『ーーーー先生は、最後まで側にいてくれるんでしょ?』
「ん?喰っていいってことか?」
蝉の声が鳴り響く中、風を受けつつ二人は斑に笑った。
「先生もいつか、おれ達に情が移るかな」
「お前達のほうはどうなんだ」
「ーーーーさあ、どうかな……あ」
はっと、雪野も気づいた。
「すみません、あの……」
振り向いた谷尾崎に、掻い摘んで説明をする。
「女の子?」
『はい…この間の町内会のお祭りで、淡い青色の花柄な浴衣の女の子と逢いませんでしたか?』
「青色の…ああ、逢ったよ。迷子で言葉が少し不自由な女の子に」
「ーーーーそうですか」
谷尾崎の言葉に、二人は燕の姿を思い出しつつ笑った。
「良かったーーーー」
「もしかして、あの子の友達?」
『…はい』
微笑んだ雪野に、それならと谷尾崎が手に持っていた封筒を開ける。
「あの子の分、渡してくれるかい?」
『え?』
「ちょうど今現像してもらってきたんだ。写真を一緒に撮っててね」
手渡された写真を、見下ろす。浴衣を着る谷尾崎の隣で、幸せそうにはにかむ少女の姿があった。間違いなく、燕だ。
ーーーーこんなにも、誰かを想う事は出来るんだ。
ぽろりと一粒、嬉しそうに微笑む雪野の目尻から涙が零れ落ちた。
「燕が、あの日言ったんだ」
谷尾崎と別れた帰り道、夏目は言う。
「優しいものは好き、あたたかいものも好き。だから人が好きって」
ほんの少し、目を丸くさせて雪野は黙って夏目の話を聞く。斑も隣をついて来つつ聞いている。
「ーーーー俺も、人が好きだよ」
『…うん。私も』
優しいのも
あたたかいのも
人も
獣も
もののけも皆、魅かれ合う何かを求めて
懸命に生きる心が好きだよ。
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