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夏目が浴衣を燕に贈ったその日の夜は、とうとうと雨が降った。それは三日間も降りつづけ、二葉の村はまた、水底に眠ってしまった。

燕の姿を見たのは、その日が最後となったのだ。



「燕は村に帰れたのかな」



雨が晴れた、晴天の日に、夏目と雪野は斑を連れて、ダムを見に来ていた。雨により、干上がっていたダムには水が貯まっている。



「地に縛られた妖怪は、他に取り憑かなければその場を放れられないが、帰るのは簡単だからな」

「ーーーーそうか」

「案外成仏してしまったかもしれんな」

「はは、だったらいいなぁ」

『うん』



笑い、山をおりて、燕といつも来ていた丘へと足を運ぶ。雪野に誘われ、夏目と斑は、燕の特等席であった木の枝へと腰掛けた。



「ーーーーまったく夏目、お前にはふりまわされるな」

「そうかい?」

『ーーーー先生は、最後まで側にいてくれるんでしょ?』

「ん?喰っていいってことか?」



蝉の声が鳴り響く中、風を受けつつ二人は斑に笑った。



「先生もいつか、おれ達に情が移るかな」

「お前達のほうはどうなんだ」

「ーーーーさあ、どうかな……あ」



はっと、雪野も気づいた。



「すみません、あの……」



振り向いた谷尾崎に、掻い摘んで説明をする。



「女の子?」

『はい…この間の町内会のお祭りで、淡い青色の花柄な浴衣の女の子と逢いませんでしたか?』

「青色の…ああ、逢ったよ。迷子で言葉が少し不自由な女の子に」

「ーーーーそうですか」



谷尾崎の言葉に、二人は燕の姿を思い出しつつ笑った。



「良かったーーーー」

「もしかして、あの子の友達?」

『…はい』



微笑んだ雪野に、それならと谷尾崎が手に持っていた封筒を開ける。



「あの子の分、渡してくれるかい?」

『え?』

「ちょうど今現像してもらってきたんだ。写真を一緒に撮っててね」



手渡された写真を、見下ろす。浴衣を着る谷尾崎の隣で、幸せそうにはにかむ少女の姿があった。間違いなく、燕だ。

ーーーーこんなにも、誰かを想う事は出来るんだ。

ぽろりと一粒、嬉しそうに微笑む雪野の目尻から涙が零れ落ちた。



「燕が、あの日言ったんだ」



谷尾崎と別れた帰り道、夏目は言う。



「優しいものは好き、あたたかいものも好き。だから人が好きって」



ほんの少し、目を丸くさせて雪野は黙って夏目の話を聞く。斑も隣をついて来つつ聞いている。



「ーーーー俺も、人が好きだよ」

『…うん。私も』









優しいのも

あたたかいのも

人も

獣も

もののけも皆、魅かれ合う何かを求めて

懸命に生きる心が好きだよ。





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