特別編9
『(あれ?)』
紐を切ろうとハサミを取りに来た雪野だったが、そのハサミが所定の位置になかった。
『(どこ行ったんだろ…)』
洗面所を通りがかった雪野は、目を瞬かせて足を止めた。鏡に向かっている後ろ姿は、夏目だ。
『(あ…貴志君。何してるんだろ…?)』
気になり思わず眺めていると、鏡に映る夏目はハサミで前髪を切ろうとしているところだった。
『貴志君』
びくりと、かけられた声に夏目は肩を跳ねるとそっと振り向いた。
「あ…なに?」
『それ…』
手元のハサミと、雪野が持つ紐を見て夏目は理解する。
「…ごめん。はい」
『前髪、切ろうとしてたの?』
「え」
まるで、悪いことをして見つかった子供のように顔を強張らせた夏目に、雪野は既視感を覚えた。
「あ…」
背を向けその場を立ち去る雪野に、手渡そうとしたハサミを見下ろして夏目は目を伏せた。しかし、すぐにまた足音が近づいてきた。
『これ、髪用のハサミ』
雪野が差し出してきたハサミに、夏目は目を丸くする。
『…あれ…え、もしかして、髪切ろうとしてたんじゃなかった…?』
「あ、いや…」
まさかと顔を青ざめ始めた雪野に夏目ははっとすると、少し躊躇してハサミを受け取った。
「…これ、使っていいの?」
そっと尋ねた夏目にきょとんとしていた雪野は頷いた。
『うん。そのために持ってきたから』
「ーーーー…ありがとう」
面食らっていた夏目だったが、すぐに微笑みお礼を言った。
「雪野、ハサミ貸してくれないか?髪用の」
『う…ごめん、今使ってる』
「……大丈夫か?」
やけに鏡と睨めっこしながら前髪を切ろうとしている雪野に夏目は声をかけざる得なかった。
『うまくバランスが取れなくて…』
「ああ、あるよなそういう時。けど…特別変ってこともないと思うけど」
『うーん…はい』
手渡してきたハサミにきょとんと夏目は雪野を見た。
「もういいのか?」
『うん。先にいいよ、後でもう一回見てみるから』
「…わかった」
ハサミを受け取り夏目は鏡の前に、ハサミを手渡し雪野は二階へ…それぞれふと思う。
「(…切ってあげようかって、言えばよかったかな)」
『(…切ってくれないかなって、言えばよかったかな)』
少し考えて、それぞれ苦笑いした。
「『(それは恥ずかしいな、なんか)』」
距離感にすぐにその考えを消して、それぞれするべきことに集中した。
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