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はっと雪野は目を開ける。
ーーーーカッ.
「ぎゃっ!」
雪野の腕の中から飛び出した斑が、光を放ち妖を払う。
「そろそろ、本気で奴を黙らせてやってもいいんだぞ雪野」
驚きを見せている的場をちらりと見つつ斑は言う。
「こういう半端に力のある奴に加減するのが面倒なのだ」
『先生!』
「こんな所にもう用はない」
立ち去る気配に的場がもう一度札を投げる。
「何度もくらうか」
ーーーーどん!
放たれた光に札は弾かれ、あまりの眩しさに目の前にやっていた腕を的場はおろす。
「ーーーーちっ」
思わず舌打ちが。
「また逃げられましたね」
大きく壊された窓を見て残念そうに的場は呟いた。
ーーーー無事、なんとか的場の別邸から斑に乗って逃れた雪野はほっとする。
『ありがとう先生』
「まったく。用心棒をかばう奴があるか」
『先生は友人帳のついでだよ』
「何だと!?」
「ーーーー友人帳には、子分共の名が書いてあるのだろう」
クスクスと笑っていた雪野は手元の壺を見下ろす。
「人にとって妖など霞だろう。それを守って何になる」
『ーーーーさあ、何になるんだろうね』
目を伏せる雪野。
『でも、大切なものだから…だから、体が動くんだよ。勝手にね』
「あっ。その壺、お前いつのまに」
斑が壺の存在に気付き目を吊り上げた。
「どさくさにまぎれて拾ってきたな。すててしまえっ」
『ふふ。そうだね、じゃああの辺にでも捨てようか』
「よしきた」
「ぎゃーーーー!鬼ーーーー!人でなしーーーー!」
本当に下降していく斑に叫ぶ壺は涙声だった。地面に雪野は降り立ち、斑も依り代姿へと戻る。
『ーーーーとまあ、冗談はこれぐらいにして』
「じょ、冗談?」
「当たり前だ。お前には夏目の居所を案内してもらうのだからな」
『ーーーーお願い、貴志君を返して』
ぎゅ、と壺を握りしめ懇願する雪野を、壺の中から妖は見つめた。
「ーーーーこっちだ」
壺の案内で、雪野と斑は森の中を進む。
「…鈴木、お前の言うとおりかもしれん」
ん?と歩きながら雪野は壺を見下ろす。
「ーーーー…確かに…お頭様は、多くの妖を操るなど…人の子をさらい、友人帳など持ち帰れば、悲しい顔をなさるかもしれん」
壺の声は沈んだものだ。心境の変化があったらしい壺に、雪野が何か言葉をかけようかと考えた時だった。
「いたぞ!」
ビクッと、進めていた足を止める。
「いたぞ。鈴木だ、友人帳をよこせ」
「…ああ、あの壺は」
茂みの向こうから、猿面達が現れ…雪野達は囲まれてしまった。
「おのれやはり、忌々しき的場の仲間か」
『!違う!』
「そうだぞ!不本意ながらこいつが私を奴の下から…」
「おのれ!」
「おのれ人間め!」
雪野どころか、仲間の声すら聞こえてない猿面達が敵意を雪野へ向ける。
ーーーーぐいっ.
『あ』
背後からリュックを捕まれ、慌てて雪野はリュックを取られないよう握りしめた。
『っ…やめて、それを乱暴にあつかわないで』
「我らに命令するか」
「なまいきな、黙らせろ」
「やめろ。やめろ、鈴木は私を助けてくれたのだ!」
「おのれ、人間め消えろ」
「災厄のもとめ」
ーーーードクン.
思わず、雪野は反応してしまう。
「いったいどれほど災いをもたらせば気が済むのだ」
「お前など消えろ」
「消えてしまえ…」
ーーーーゴッ.
一陣の風が吹き抜け、その場が静まる。本来の姿へと戻った斑は、雪野を口に咥えたまま猿面達へと目を寄越す。
「ああ、消えてやるさ。こいつも、友人帳も、夏目も、あるべきところへ帰るのだ」
斑に咥えられたまま、雪野は呆然と猿面達を見下ろす。
「仮にも私はこいつらの用心棒。次にまた手を出すならば、お前らの敵は祓い人でなくこの私。いつでもかかってくるがいい」
一度目を瞬かせ、ゆるりと、雪野は斑へと視線だけを動かした。
「ーーーー雪野!先生!」
はっと、聞こえてきた声に雪野は顔を上げた。
ーーーーしゃんしゃんと、鈴の音が近づいてくる。
「そこまで」
一際大きく鈴の音が響くと、そこに現れたのは三篠だった。その頭には、二つの影。
『ーーーー貴志君!それに三篠…と、誰?』
「…あ」
夏目の隣にいる妖には、猿面達が反応した。
「お頭様…!」
「ーーーーやれやれ。夏目殿に話を聞いてきてみれば…何をしているお前達。勝手なことを…」
「お、お頭様…」
お頭様は、雪野達へと近づき足元の壺を見下ろした。
「ーーーーどうやら、うちの者が助けてもらったようだ。こやつらの無礼をお許し頂きたい、夏目殿、鈴木殿。私の力不足がこやつらを不安にさせたのでしょう」
「ち、ちがいますお頭様」
「我々はただ、何とかお頭様のお力になりたくて…」
「夏目様ーーーー!」
ん?と夏目は振り向く。
「夏目様ご無事ですか!?」
「おのれ東方の猿どもめ。夏目様や鈴木様をこの八ツ原の恩人と知っての狼藉か!?」
「ヒ、ヒノエ、中級…」
ヒノエが鎌を持って凄まじいオーラを放つものだから少したじろぐ。
「しばしお待ちを夏目様。今命の水(酒)を飲みまして鬼神となってお助けしますぞ」
「もやし共相手に集団とは!!ヒキョーだぞ!!」
「いざいざ!尋常に勝負!!」
「わーーーーよせ!!ありがたいが丸くおさまりかけているんだ!」
慌てる夏目の背後で雪野は一気に賑やかになり脱力し、斑は不愉快そうに目を吊り上げていた。
「クスクス」
楽しそうな笑い声に振り向くと、お頭様だった。
「夏目殿よ。お二人には、友人帳を使わずとも動いてくれる妖がいるのですね」
「ーーーーはい。友人なんです」
お頭様へ真っ直ぐに目を見つめて頷いた夏目に、心配せずとも夏目は夏目で動いていたのだと、雪野は安堵して微笑んだ。
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