東方の森【後編】
「聞かせて欲しいのです。鈴木ミヨとはどういう人だったのかを」
『ーーーー…どうして』
「祓い屋ですからね。力の強い者には興味があるのです」
『ーーーー…興味?』
「ええ」
訝しそうに雪野は的場を睨む。
「ーーーーそうだ、君のお兄様は?お父様には遺伝しなかったようですが、もしかしたら力の強い方だったのでは?」
『いいえーーーー兄は普通の人です』
「そうですか。では、強力だと噂の鈴木ミヨの力を遺伝したのは、あなただけなのですね」
なるほどと的場は納得する。
「では、夏目レイコの娘、夏目貴志君のお母様は?一緒に住んでいるんです、話ぐらい聞いたことあるでしょう」
『知りません。聞いたことないです』
「ーーーーそうですか」
本当は、聞いたことがある雪野。なんとなく察した的場だが笑って追求しなかった。
「見える人間は我々にとって貴重です。ましてや、強力であればある程」
話が見えずにいる雪野へ的場は言った。
「どうです。的場一門に入りませんか」
突然の誘いに、雪野は戸惑い目を見張らせた。
『…は…?』
「遠いむかし村人達を襲いくる妖へと、我が先祖が弓をひいたのが家業の始まり。今は金を出す奴と、仲間のためにやっています」
薄ら寒い笑みを浮かべながら的場は続ける。
「君も無理解な人達といるのは面倒でしょう」
『ーーーー…勝手なこと言わないで』
大きく目を見張っていた雪野は、すぐに的場を睨みつけた。
『一門には入りません。祓い屋家業にも興味ないんで。だいたい、ミヨさんの事も話す必要ないでしょう』
「ーーーーおや…それは困った…では、話したくなるようにしましょうか」
ーーーーそうですねぇ。的場の目が、雪野が持つ壺に向けられた。
「その壺。それに封じた妖は君のお友達だったのですか?」
『!』
はっと持っていた壺を見た雪野は、気まずそうに目をそらした。
『別に…たまたまそこで拾っただけです』
「そうだ失礼な。こんな下等動物と誰が!」
じっと的場は雪野と壺を見つめ目を細めた。
「ーーーー話したくなったら、言ってください」
すっ、と。両手を合わせ的場は何やら呟き始めた。
「…う…」
何をする気かと身構えていた雪野は、手元から聞こえた苦しそうな呻き声に気づく。
「うう…い、痛い…」
壺からの声に、雪野ははっとして的場に掴みかかった。
『や、やめて!この妖は関係ないって言ったでしょう』
「関係ないなら気にしなくていいですよ。捕まえてはみたものの、使えるかわかりませんし、人間にも随分な態度だ。代わりはいくらでもいる」
本気の的場の言葉に雪野は血の気を引かせた。
「交渉の材料にもならないならもう必要も」
『やめてったら!知らないの!』
的場を遮り雪野は必死に声を荒げる。
『祖母のことは、父に聞いても兄に聞いても…誰に聞いたって…嫌な顔をして知らないとしか……』
ぐ、と的場の着物を掴む手に力が入る。
『…とにかく、この妖に酷いことしないで。本当に知らないのよ!』
泣きそうになりながら必死に訴える雪野に的場は笑う。
「成程、人はおばあ様や君に冷たかったのですね。だから妖達にそそのかされて情を移すように」
『!』
的場の言葉に数秒、雪野はこれまでを思い出しそっと着物から手を離した。
『ーーーーいいえ。確かに辛い時もあったけど、心優しい人達もいるって、今の私は知ってるーーーーそしてそれは、妖も同じです』
真っ直ぐな瞳を向ける雪野の言葉に壺も、的場も一瞬の想いが過ぎった。
ーーーーばっ.
『あ』
「危険ですね。君はすっかり妖に心を奪われている」
雪野の手から的場は壺を奪う。
「目を覚ましなさい鈴木雪野、彼らは人を惑わし裏切りますよ」
控えていた式へ的場は命じた。
「これを破棄しろ」
『破棄って、どうするつもり!?返して!』
「君は一度妖で痛い目をみないとわからないのでしょうか」
『返せ…』
ーーーーガッ.
「主様に無礼だと言ってるだろう小娘!」
『!!うっ』
必死に取り返そうとしていた雪野を妖が的場から引き離し殴り飛ばした。
『!(友人帳、先生…)』
倒れ込んだ雪野のすぐ傍らに、リュックと気絶している斑の姿が。
『!!』
再び襲い掛かってきた妖を見てリュックと斑を抱きしめた雪野に的場は僅かに面食らう。
「やれやれ」
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