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『聞こえた話だと、桐の間っていう部屋に私の荷物は置いてあるって』
怪しげな部屋を出て友人帳を雪野と斑は探しに行く。
『早くとりもどして貴志君を助けに行かないと』
「ああ。しかし迷路のように出口もわからん屋敷だな」
ふと、雪野は思った。
『ーーーーあの人はこんな所に住んでるんだね…』
「いや、どうやらこれは別邸のようだ」
え?と雪野は隣を走る斑を見下ろす。
「三篠の話だと東方の森には、忌々しい祓い屋、的場家の別邸があり、ずっと以前はよくそこを拠点として妖を狩ったらしい。しかし祓い屋家業自体が廃れ、ここもあまり使われなくなっていたらしいがーーーー今回のご頭首は、なかなか精力的なようだ」
妖を狩る…。的場に捕まった猿面と、夏目を捕まえた猿面達を思い出す雪野。
『もしかしてさ』
口を開いた雪野を斑は見上げる。
『あの猿面達が友人帳を狙うのは…自分達のために、戦うために…だったのかな』
「ーーーーふん。だからと言って、私のエモノを横取りしていいことにはならんぞ」
『そ…だから、エモノはやめて』
ーーーー…カタ.カタタ.
「む?」
聞こえてきた物音に気づき、走り去ろうとした足が止まる。振り向くと、棚の上に小さな壺が。
『この壺…さっき猿面の妖が封じられた…』
その壺が、微かに揺れて音を出していた。
「うう…出られぬ。うう〜〜〜おのれ…」
壺から聞こえた呻く声。
『わぁ。壺がしゃべった!?』
「む?その声は…」
驚き不気味で雪野は斑を抱きしめるが、壺は雪野の声に何かを考えた。
「おい鈴木の小娘、とりひきだ」
『は…とりひき?』
「私はこの屋敷に一度忍びこんだことがあるから、多少は案内できるぞ。出口への道を教えてやるから私も連れていけ」
訝しそうにしていた雪野は取引内容に僅かに顔をしかめた。
『信用できない。お前達は貴志をさらった相手だし』
「まったく。うたがい深い下等生物め。わ」
ちょいちょいと、斑が横から不愉快そうに壺を前足で引っ掻く。
「わ、やめろ、小ブタ!」
『先生、落として割らないでよ』
しかし止めない雪野。
「ーーーーでは手はじめに、桐の間とやらがどこにあるか言ってみろ」
「桐の間…?ああ」
斑の問いに壺はすぐにその場所を思い出した。
「忌々しい的場家頭首用の部屋か」
『!わかるの?』
「ああ、大体な」
「よし、では道順を言ってみろ。私が確認してくる。正しければ脱出する時お前も連れてってやる」
『先生』
「私がとってくるから、お前はこいつと隠れていろ。罠のある部屋だと厄介だからな」
『ーーーーわかった。気をつけてね』
雪野へ壺を手渡し、斑は壺から聞いた道順を辿って走り出す。壺を受け取った雪野は手近な部屋へと隠れて一息つく。
「…くしょう。ちくしょう。うう」
ブツブツと、呟く壺の声に雪野は壺を見下ろす。
「友人帳があれば。きっと。きっと。お頭様が友人帳で力を持てば…お頭様ならきっと。きっと森をもとのように…」
『……ーーーー友人帳はそんな都合のいい道具じゃないよ』
つい雪野は口を出す。
『森をどうにかしたいのはわかった。でも貴志君を襲って、友人帳で妖達を操るなんて…それは、的場さんと同じようなものだと、私は思うよ』
「ーーーー…」
雪野の言葉に口を閉じて考えていた壺は、雪野の背後を見た。
「…あ」
『え?』
不思議そうにする雪野の背後の襖が開かれた。
「お久しぶりですね」
背後から伸びた手に手首を掴まれ、聞こえた声に雪野は目を見開いた。振り向けば、薄く笑みを浮かべてこちらを見下ろす的場が。
「君は確か…以前、あの少年と一緒にいた子ですね」
あの少年に、すぐに雪野は夏目の事だと察して掴まれた手を引こうとする。
『…は、放して』
「放せば逃げるでしょう。こっそりあがりこんでくるなんて、まるで猫か妖のようですね」
『好きで来ません…そっちの妖が、無理に連れこんだんですよ』
「おや、それは失礼しましたね。けれど丁度よかった。あの少年とお話がしたいなと思っていたのですが、君と話すのも面白そうだーーーーそういえば、今日は一緒ではないのですか?少年と、猫は」
『ーーーー…』
答えるはずもなく、警戒する雪野に的場は嘘くさい笑顔を浮かべていた。
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