小さきもの【前編】
「「アマナ」。君へ返そう、受けてくれ」
吐息と共に紙から抜け出た名前は、天井よりも高い大きな妖、アマナの額へと吸い込まれた。
「疲れた〜」
アマナも帰り床へと夏目は疲れ切った様子で寝転がる。
「夏目起きろ、西瓜を買いに行くぞ。ついてこい」
『ああ…そんな約束してたね』
約束していたのでは仕方ないので、夏目と雪野は出かけの仕度をすると西瓜を買いに出かけた。
「ーーーーおい。暑いぞおりろ、ニャンコ先生」
「ガマンしろ。私のかわいい肉球がアスファルトで火傷してもいいのか!?」
夏目の頭に乗っかる斑も、乗っかられている夏目も暑そうだ。
「ホレホレ、もっと木陰を歩け」
「先生、夏にむけてダイエットしたほうがいいんじゃないか?」
「何!?」
「ぎゃあ」
聞こえてきた声に夏目と雪野はそちらに顔を向けた。
『…カラスだ』
声の主は数羽のカラスで、地面の何かを突いている。よく見ると、突いている物体はふわふわとした小さな生き物。
「おい何してるんだ!」
「!夏目!?」
夏目が声を出して駆け寄ると、それに驚きカラスは一斉に空の向こうへ飛び去った。
「…おい」
カラスが今まで突いていた生き物をそっと手のひらに拾い上げる。
「おい動けよ…死んじゃったのか…?」
血が出ており、ピクリとも動かない猫らしき生き物に不安になる。
「おい…」
おや?と夏目はかけていた声を止め、まじまじとその生き物を見た。
「この子猫…」
よく見て、恐ろしいことに気づく。
「…頭が無い…」
ぎょっと横から覗き込んでいた雪野は血の気を引かせた。よくよく見れば手足もなく、子猫と思っていた生き物はもっと別のーーーー。
ーーーーもぞ…
「「『ぎゃーーーーっ!?毛玉が動いたーーーーっ!!?』」」
ーーーーこれはたぶん、妖だ!
それを察知した夏目達は悲鳴をあげると一目散にダッシュをして逃げ帰った。
「おかえり雪野ちゃん、貴志くん、猫ちゃん…あら大丈夫?そんなに汗かいちゃって」
「大丈夫です塔子さん」
洗い終えた洗濯物を手に出迎えてくれた塔子にそう答え、ばたばたと慌てて階段を駆け上がる。
「「『……』」」
夏目の部屋へと駆け込み、疲れた二人と一匹は床へと倒れ込んで深いため息。
「まったく。お前はすぐ妖に関わりおって」
「子猫だと思ったんだ。それに襲われてたんだぞ」
「まったく。しかし毛玉の妖とはまた面妖な。おかしな妖もいたものだ」
「ぷっ。先生だって毛玉みたいなものじゃないか」
「何だと!?」
『…あれ?』
斑を見下ろし雪野は不思議そうにする。
『…ニャンコ先生…何か変だよ…?』
「む?」
夏目、雪野、斑の視線は、斑のしっぽへと向けられた。ふっさふさの、しっぽへと変貌を遂げている。
「「『うわーーーー!?』」」
ゴージャスになったしっぽに思わず悲鳴。多大な違和感だ。
「しっ。しっ。あっちへ行け」
慌てて斑は付いてきてしまったらしい毛玉を追い払う。跳ねるように斑のしっぽから放れた毛玉…の、円らな目が開いた。
「「『わーーーーーーーーーーーー!?』」」
顔を青ざめ二人と一匹は揃って悲鳴…が、よくよく夏目はその毛玉を見つめた。
「……あれ?カワイイぞ」
「何!?」
呟いた夏目にぎょっと驚く雪野と斑。
「お前、毛がボワボワしていればいいのか。外見に騙されおって、首も無いような生物だぞ!?」
「首だったら先生だって…」
そーっと、撫でてみようと指先を夏目が伸ばした瞬間。
シャーーーーッ!!
「わーーーー!?」
「ほら見たことか…ぐふっ」
『わっ。わっ』
毛を逆立て威嚇した毛玉が部屋の中をあっちへこっちへ飛び回り暴れ出した。
「こら暴れるな…」
本が落下しコップが落下しめちゃくちゃになる部屋をよく見ると、赤いシミが所々に付着していた。
「ええいやめろ毛玉!!」
「!血が…やめろ、傷がひどくなるぞ。こら、動くな!」
目を凝らして、なんとか夏目は毛玉を捕まえた。
「!痛…」
捕まえた瞬間、毛玉が再び毛を逆立てるものだから、夏目の手のひらに毛先が刺さる。
「う…」
『貴志君』
「放せ夏目」
心配する雪野や斑だったが、夏目は放そうとしなかった。
「お前を傷つけようとしているんじゃない。大丈夫だから落ちつけ!」
必死な夏目の訴えが、届いたのか。興奮して逆立たせていた毛をふにゃりと元に戻し、毛玉は気を失った。
「「『………』」」
落ち着いた毛玉を見て、ひとまず安心した夏目達は盛大に吐き出したため息とともに脱力した。
「よし。今のうちにつまみ出せ」
「そうだな……」
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