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ガサガサと、塔子が袋の中から取り出したのはリュックサックだった。
「これ、雪野ちゃんにと思って」
『え!?』
驚く雪野に塔子は眉尻を下げて気恥ずかしそうに笑った。
「実はね、雪野ちゃんを驚かせようと思って内緒で滋さんと買ってたの。ほら、もうすぐ高校生でしょう?女の子だから持っていくものも多いんじゃないかと思って」
信じられない思いで呆然と雪野は塔子を見つめる。
「本当は家に来た時に渡そうと思っていたのだけど、雪野ちゃんは来ないって連絡をもらって…せめてこれだけでもと思って」
『……』
ーーーー私の、ために…?
「雪野ちゃん?…あ、迷惑だったかしら、いきなりこんな…それとも、デザインが気に入らなかったとか…」
『そんな事ありません!』
不安そうな顔つきになった塔子に雪野は即答して顔を上げた。
『本当に、頂いてもいいんですか?』
頬を染めて、嬉しさと不安を混ぜた雪野の表情に塔子は笑って頷いた。
「もちろんよ」
震える手で受け取ったリュックサックを、雪野は大切そうに抱きしめた。
『ありがとう、ございます…』
ーーーーこの人達のところに、行きたい。
塔子と別れた後もそんな思いが溢れて雪野は思い悩む。
『(あの妖さえ、追い払えればーーーー…)』
顔を上げた雪野は、兄の目を盗み夜、家から抜け出した。昼間妖達が話していた、狐岩のもとへと。
『ハァ…狐岩って、どこにあるの?』
森の中を走り、それらしき岩を探すも見つからない。焦りばかりが募ってきた時だった。
「おや?人の子?」
「こんな夜にこんな所で?」
はっと振り向くと、昼間とは違う妖がこちらを見ていた。
「面白そうだ。ひとつからかってやろうか……ぎゃっ!?」
愉快そうに笑っていた妖の胸ぐらに雪野は掴みかかった。
『教えなさい、狐岩ってどこ!?』
「ひっ、何だこやつ。人のくせに我らを恐れぬとは。ぶっ、不気味じゃ逃げろ」
『逃げる前に教えて!妖封じの穴を探してるの。どうやって封じるの』
「ひぃ〜〜。そんなの我らが知るわけなかろう」
「…封じ方?」
傍で怯えたように傍観していたもう一人が呟き、雪野は振り向く。
「な、なんだお前、知っているのか?」
「ほら、あの崖の上さ」
妖は少し離れた先にある崖を指さす。
「穴があって札の貼ってある、蓋らしい物が落ちてるだけさ。きっと坊主が蓋でもしそこなったんだろう」
すぐさま妖から手を放した雪野は走り出した。
『ありがとう!』
見えてきた希望に笑ってお礼を言った雪野に、妖達は面食らったようにして見送った。
「雪野ー。出ておいでー」
風に揺れる木々の音が夜闇に響く中、妖が雪野を探す声が。
「…こんな崖上に何しにきたんだい?まさか、昼間の噂を信じてるのか。撒いたつもりでも私はすぐ見つけてやるよ。さあ、出ておいで」
雪野を探して妖も狐岩の付近まで来ていた。
「…妖封じなどお前のような子供に出来るものか。本当に雪野は馬鹿で面白い……多少はかわいがってやろうかと思ったが、調子にのりすぎだ。一度痛い目にあわせてやる」
歯を噛み締め、不穏な空気を纏う妖を雪野は藪に隠れて息を殺し見張っていた。
「さぁ、出ておいで。さあ、雪野ー」
『……』
札の貼ってある蓋も既に見つけていた。たった一度しかないチャンスを見逃さないように神経を研ぎ澄ませる。
「出てこないと」
蓋を握る手に力が入る。
「お前のニイサンを」
『う』
ーーーー今だ。
『わぁあああああぁああ!!!』
藪から飛び出した雪野は、不意をつかれた妖に飛びついた。勢いよく飛び込む先には、深い穴。
ーーーーぼすん.
「ぎっ、あっ」
打ち付けた額から血が流れ、痛みに呻いていた妖ははっと穴の入り口を見上げた。
「おのれ…」
ーーーーばんっ.
すぐさま雪野は穴に蓋をする。
「おのれ」
『!!』
「おのれ雪野…」
うまく蓋が閉じられず、隙間から妖が目を覗かせる。恐ろしい恨めしげな声と目に、慌てて蓋を雪野は閉めようとする。
ーーーーぱたんっ.
札が蓋と地面に貼り着き密閉した。
『…やった……』
ーーーーカッ.
安心したのも束の間だった。
『あ…』
封の字が浮き上がると共に放たれた光に驚き、雪野は崖の下へと転がり落ちてしまった。
ーーーーガッ.
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