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放課後を報せるチャイムが鳴り、一気に賑やかになった教室。
「ねえ、今度クラスでどっか行こうよ」
「いいねー。どこ行く?」
「…あれ?」
一人の生徒が窓際にある空席を見つけた。
「鈴木さんは?」
「貧血で帰ったんじゃないっけ」
「鈴木さんって参加するの?悪い子じゃないけど、取っ付きにくいっていうか…」
「突然悲鳴上げたりするしね。ちょっと不気味だなー」
ーーーーそんな噂をされていた雪野は、妖から逃げていた。
「待て人の子、私を見たな」
長い首の三つ目に追いかけ回され、雪野は顔を青ざめる。
「食ってやるぞ人の子」
『!こっち来るなっ』
必死に妖を振り払おうと逃げる雪野だが、妖も諦めずずっと追いかけてくる。
「待てぇ、小娘〜」
藪の影に隠れてやり過ごした雪野だが、まだ妖は近くをうろついている。
『どうしよう…これじゃ帰れない…』
「木にお登り」
途方に暮れていた雪野は、目を丸くさせた。
『え…?』
「そいつの目は上のほうはよく見えないんだよ」
頭上から聞こえてくる声に雪野は戸惑う。見上げるも、生い茂る葉っぱに姿は見えない。だが、悩んでる間に妖に見つかるわけにもいかず、雪野は声の通りに木を登った。
「どこだ〜。どこへ行った〜」
無我夢中で登りきった時、妖が木の下を通りがかった。妖は木の上にいる雪野には気付かず、雪野を探して離れていった。
『(行った…)』
遠ざかっていく妖にほっとした雪野は、ふと隣を見た。
『……』
一つ目の長い髪を垂らした妖が木の枝に腰掛けていた。
『お前が助けてくれたの?』
「助けてなどいない。あいつが食いっぱぐれる姿を見たかっただけだ」
即答する妖に雪野はため息。
『…意地が悪いね。さすが妖』
「お前は見えるくせ、妖のことは何も知らないんだな」
『当たり前でしょ。誰に教えてもらうのさ…第一、こっちだって好きで見ているわけじゃないよ』
……そうだ。ふと思い立った雪野は妖に顔を向ける。
『…お前、名前は?もし良かったら、私に妖のこと教えてくれない?』
にこりと笑う雪野を妖は見つめる。
「冗談ではない。私に何の得がある」
笑顔を引っ込めた雪野は、小さくため息をして目を伏せた。
『そうだね。やっぱりいいや』
枝から立ち上がり、地面へと飛び降りる。
『それじゃ』
妖に別れを告げ、雪野は家へと走り出した。
『(やばいな…少し遅くなった)』
薄暗くなった空を見て雪野は走るペースを早めた。玄関前で服の汚れを手で払い、ドアを開ける。
『(帰ってる…)』
玄関にある革靴を見て、雪野は気まずそうに眉尻を下げた。
「遅かったな」
リビングで開いたパソコンから顔を上げず、兄は雪野に開口一番にそう言った。
『ごめんなさい。少し、寄り道して…』
「約束が守れないようなら、あの話はなしだぞ」
ぎくりと雪野は兄の言葉に顔を引きつらせた。
「すぐにでも藤原さんの所に連絡を入れる」
『ごめんなさい、もう寄り道しないから…』
返事はなく会話も途切れ、キーボードを叩く音が室内に響く。居心地が悪くなり、雪野は堪え切れず自室へと戻った。
『(変な行動には気をつけないと)』
部屋着に着替えながら雪野は先程会った妖を思い出す。
『…好きで、妖なんて見ないよ』
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