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何か、ぶつぶつと呟く声が聞こえてきた。
「(呪文…?)」
何を言っているのかわからないが、呪文らしきものを唱えている女性に気づく。
「夏目、雪野。壺の中が空になっている…」
名取の言葉に雪野は壺に目を向ける。中身はゆっくりと上昇している最中だった。
「(血が向かっている方向はーーーー…)」
大妖の、口の中だった。
ーーーーズズ…どおっ!!!
「!!」
岩から顔が抜け出し、地面に大きな音を立てて大妖は倒れこむ。
「ーーーーしまった。陣に落ちた猫の血で目覚めてしまったか…」
「!」
ちらりと、夏目は笑みを浮かべている的場を見た。
「(ーーーーわざとか?)」
大妖を試したく、わざと斑を射ったということだ。
『…うっ!?』
ゆっくりと、起き上がる大妖に雪野が顔をしかめて呻いた。
「お…お、お、おおお」
ぶわりと、大妖から何かが溢れる。
「離れろ夏目、雪野。ひどい毒気を放っている」
辛そうに片目を瞑り言う斑。夏目と雪野も、この大妖はヤバイということだけは分かった。
「お前のために血を集め、陣を描いたのは私だ。さぁ、私のためにあの男を食べなさい」
「おお」
「さあ、あの男を…」
はっと、夏目は女性を見た。
「あぶない…」
ーーーーばんっ.
間に合わず、女性は大妖に払うように殴られた。
ーーーーばんっ.
「!!」
ーーーーばんっ.
地面や壁、あちこちを叩き潰そうとする大妖をかわしつつ、夏目は女性へと駆け寄り抱き起こす。
「大丈夫ですか!?」
気絶してしまったようで、女性からは反応もなくぐったりとしている。
「しっかり…」
「無様ですね」
傍観していた的場が言う。
「妖祓いをやっていながら妖に情を移して、思慮に欠けた行いに走るとは。あげくがこれか」
あまりの言い草に不愉快そうに、夏目は眉をひそめる。
「あの妖は使えない。うちは撤退する」
「!おいあんた」
思わず突っ掛かりそうだった夏目だったが、隣でふらりと膝をついた雪野にはっとする。
「雪野」
「あの妖の毒気が充満してきている…ここは危険だから外へ」
顔色の悪い雪野を名取は背負う。
「さすがにこれが地上に出るのはまずい。封印してみる」
「!おれも手伝います」
すぐさま夏目は申し出る。
「ひとりよりはふたりでしょう?」
面食らうように、名取は夏目を見下ろしていた。
「先生、その女の人についててやって…」
女性の傍、目を閉じている斑の頭を去り際に夏目はそっと撫でて、外へと向かった。
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