4
「的場様ですか?離れの三階にお泊まりでしたが」
罠だろうがなんだろうが、夏目がいなくなってはコソコソする必要もない。フロントですぐさま的場の部屋を尋ねたのだが…。
「ついさっきチェックアウトを」
にこやかに女将が告げれば、雪野と斑と名取はまさかのことに大ダメージ。
「…早っ…」
「くそう後手後手ではないか。お前のことは今まで「うさん臭い奴」だったが今日からは「裏目」だ!「裏目の名取」だ!!」
「……何か言ったかねこまんじゅう」
夏目と斑の、名取と斑バージョンの喧嘩が始まり雪野は止めるべきかと悩む。
ーーーーザワ…
『!』
嫌な気配を感じて、雪野は顔を上げた。
『!先生、名取さん』
雪野の声に喧嘩を一時中断した斑と名取は、窓から外を見下ろした。
「!あれはーーーー…?」
白いワンピースを着た黒髪の女性が、宿から走り去る姿が見える。
「む。森へ向かっている…」
向こうに見える森を雪野は見つめた。
『貴志君ーーーー…』
すぐに、雪野たちも宿を出て森へと向かった。
「あいつが来る!!!」
「!」
ーーーーひゅっ.
雪野たちが見かけたあの女性に襲われそうだった夏目。女性と夏目の間に、何かが舞い降りた。
「先生…」
ーーーーカッ.
「う…」
いつもの光を放った斑。眩い光に夏目は薄っすらと目を開けた。大抵の妖は、この光によってダメージを受けるはずだが…。
「!」
女性は光がおさまると、すぐさま第二撃を与えるべく杖を振るった。
ーーーーガンッ.
「さがりなさい夏目」
斑を抱きしめ庇った夏目を狙う杖を、名取が同じような杖で防ぐ。
「あんた、何やってんだ」
珍しく声を荒げた名取は、杖を弾きかえす。
『貴志君!』
「名取さん、雪野」
「私の光が効かなかった…!?」
どういうことかと驚く斑。
「…先生、この人の声だ」
「…む?」
よくよく聞いて、夏目は思い出す。
「あの、人が創ったっていう紙面の妖から流れ込んできた悪意は…あの時の夢の声はーーーー…」
ずっと、的場の式だと思っていた女性を夏目は半信半疑に見つめた。
「…あなたは…人?」
恐る恐る尋ねた夏目に、女性は笑った。
「勿論」
乱れた黒髪の隙間から覗く目が細まる。
「ーーーー…腕のある、呪術師…私と同業だった人だ」
硬い表情で女性を見つめる名取の言葉にえ。と夏目は女性を見つめた。
「…妖を作って襲わせていたのはこの人…?」
一連の事件は、的場ではなかったのだ。
『…同業だったって、どういうことですか?』
過去形に、雪野が尋ねる。
「ーーーー彼女の式が、的場の妖に食われたことがあって…以来、引退したときいている」
ほんの少しの躊躇いを交えて名取はそう説明した。
ーーーー式を、食われた。そんな話に、空気がざわめく。
「ーーーーふふ、そうだよ。血を集めているのは私だ。的場を」
足元に置いていたランプを女性は手に取る。
「あの男を」
暗がりに慣れた目が、明るい光に照らされ夏目たちは目を細める。
「食ってくれるような妖を目覚めさせるためにね」
夏目たちの背後には、洞窟いっぱいに大きな体があった。
next.▼ ◎