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「ーーーーすまんな、つい驚いて…大丈夫か」
鳥らしき女性の妖に、家まで送ってもらった。
「死ぬ所だったが…送ってくれてありがとう」
「何がありがとうだ。説明しろ夏目!」
「…夏目…!?」
ばしばしと夏目の膝を叩く斑の口から出た「夏目」の名前に、鳥の妖は反応する。
「あの噂の「友人帳」の!?」
うーん…と、妖は思い浮かべる。
「…もっと…格好いい感じだと…思っていたが…」
傍若無人で、容赦なくて、大ボスで、ひざまづいて名をおよこし!と叫んでそうな…。
「違うぞ。それは祖母だ」
妖からはそういうイメージなのかと夏目は複雑そうに訂正。
「…ひょろくても夏目は夏目か…」
「…」
ますます複雑な心境に。
「夏目様。最近この辺りの妖が何かに襲われているのを知ってるか?」
襲われている。それが妖であれ人であれ、その言葉に無関心にはいられず、目を丸める。
「大きな傷をうけ、大半の血を奪われた妖が続出しているのだ」
「ーーーー血…?」
「ーーーー私の仲間達も襲われた…そいつが何なのか調べてみることにしたんだ。しかし無事だった奴が少なくてなかなか手掛りがない。仕方なく見回りでもと森をまわっていたら、あのお堂から悲鳴が」
お祭り会場の石段の上の方には、古いお堂があった。
「飛びこんでみたら何かがいて襲ってきた。私はその辺りに倒れた奴を盾にしたんだが、ふっ飛ばされて気を失ったのだ」
「…そ、そうか……」
何かって、やっぱり妖だろうか…。
話を聞いていた雪野は、うーん。と考える。
「夏目様。そいつをつきとめたい、力をかしてくれ」
そう頼んだ妖を、夏目は見つめる。ざわりと、脳裏にお堂で見たボロボロに傷つけられた妖達が思い出す。
「あほう勝手な!手伝ってやる義理はないぞ」
斑が首を突っ込ませないよう厳しく言う。
ーーーー「……人か、妖か。貴志君は選べる…?」
夏目の脳内で、雪野の問いかけが繰り返された。
「(ーーーーどうする)」
迷う夏目。力になってやりたいが、塔子達をもしも巻き込むことになったらと、頷くことができない。
ちらりと、隣の雪野を盗み見る。読めない表情をしているが、カイとの事を思い出して迂闊にどうすべきか問えない。
「夏目様」
悩みこんでいた夏目は、妖の声に顔を上げた。
「そんな青い顔させるつもりはなかった。思えば人のお前が関わる道理はない」
笑いかけ、妖は立ち上がる。
「すまなかった。忘れてくれ」
「ーーーー待て」
立ち去ろうとしていた妖は、夏目の待ったに動きを止める。
「お前の仲間はどうなった。襲われた奴は無事だったのか?」
「仲間は私にとって家族のようなものだった。せめて残ったわずかな仲間だけでも、私は守らねばならない」
さらば。と、妖は羽をまとい、開け放った窓から飛びだった。
「…どうしよう」
妖を見送った夏目はため息。
「あほう。関わらないと決めたならそれでいいのさ」
晴れない夏目の顔を、斑は見上げる。
「ーーーーお前は関わっても関わらなくてもうかない顔だな。いつもニヤニヤしていたレイコとは大違いだ。むしろ陰気な顔はミヨに似てる」
孫として複雑そうに雪野は口元を引きつらせ、夏目はやっと少し笑った。
「まぁあいつらは友人帳以外、何も持っていなかったからなーーーー…」
座布団の上で寛ぎながら斑はゆったりと呟く。
「ーーーーしかし、今回は関わらず正解かもしれんな
「ーーーーえ?」
「奴が気になることを言っていた。妖の血が奪われていると」
『言ってたけど…それがどうしたの?』
「人のなかには妖の血を使って術を行うものもいると聞いたことがある」
斑が説明すると、夏目と雪野は驚き目を見張った。
「ーーーーどういう意味だ先生。妖の血を集めているのが「人」だって言うのか?ーーーー…」
夏目と雪野は、言葉をなくす。
『………そんな、まさか…』
ひきつらせた笑顔を無理やり浮かべていた雪野だが、夏目が隣ではっと気づく。
「ーーーーひっかいたあの感覚…」
自身の手のひらを、夏目は強張らせた表情をして見つめた。
「人だ」
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