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「む?」
くんくんと斑は鼻を動かす。
「いい匂いがする。こっちか?」
とてとてと、開け放たれていた部屋の中へと斑は入り込んだ。
ーーーービクッ.
「むむ」
動かしていた前足が、貼りついたように止まってしまった。
「何だ?動けん…」
戸惑いながら見下ろせば、床いっぱいに描かれた陣があった。
『…!?どうしたのニャンコ先生…』
通りがかった雪野が部屋に入った時だった。
ーーーーカサ…
紙が擦れるような音に振り向くと、大きな紙人形が姿を見せた。
『わぁーーーーっっ』
「雪野!?」
名取の紙人形かと、察するより先に雪野は紙人形に襲われた。
『!!?』
壁に押さえつけられたかと思うと、強い力で紙人形は圧迫してきた。
『(息が…っ…骨が、折れる…)』
雪野の体から、骨が軋む嫌な音が聞こえてきた。
ーーーーどん!
『!!?』
光と共に衝撃が来たのを感じた雪野は、苦しい圧迫がなくなり目を開けた。咳き込みながらも目を向けると、本来の姿に戻った斑が紙人形を噛みちぎっていた。
「雪野?先生?」
「くるな夏目、さがっていろ」
大きな音に慌てて駆けつけた夏目に斑はすぐさま言う。
「妖用に仕掛けられた罠がある。まだ何かあるかもしれん…」
「え…あ、ああ」
言われた通り、離れようと下がった夏目は、背後にある穴に気付かなかった。
ーーーーガラッ.
「!」
「夏目…」
落ちるーーーーと、覚悟していた夏目だったが、何かに手を掴まれ落下が止まった。
「!?」
一瞬の肩の衝撃に閉じた目を開けて、掴んだ相手を見上げる。笑う口元が見えた。
「大丈夫?ナツメ」
片手で夏目を引き上げたカイが、涼しい顔して笑いながら問いかける。明らかに、子供の力ではない。
「…カイ…」
戸惑いや混乱に、夏目は軽く拳を握った。
『…カイ』
床に座り込んでいた雪野は、振り向いたカイに尋ねた。
『ーーーーカイは妖なの?』
「ーーーーそうだよ」
きょとんとしていたカイが笑う。
「やっぱりばれてしまったか」
目を見張る夏目と雪野。
「…でも、秘密にして。今のこのくらしを気に入ってるんだ。それとも雪野は、妖は嫌い?」
見つめるカイに、雪野は少し考えて微笑んだ。
『ーーーーカイが好きだよ』
その答えに満足したのか、カイは嬉しそうにはにかんだ。
「人のくせに妖用にひっかかるとはおまぬけめ」
『…先生の臭いがくっついてたせいだよ』
目を吊り上げながら斑は招き猫に戻る。
「カイはなぜここへ?また雪野をつけて?」
「ううん。この辺りに妖を何匹も封じこめた井戸があるらしいんだ」
何気なく聞いていた夏目と雪野は、目を見張らせた。
「それ見つけて仲間を増やそうと探してたら、二人がここに入っていくのが見えて…あの忌々しい祓い人の罠にかかったら大変だと思って」
『…祓い人って…』
ーーーー名取さんのことか…!
すぐに察した雪野は、気付いていたのかと言葉をなくす。
「雪野、ご免ね。おれ、妖祓いに狙われているんだ。はじめは雪野がそうかと思ったけど、違ってよかった」
空気が、ざわついてきた。
「小賢しいし雪野を危ない目にあわせたし…ああ、忌々しい…やっぱり邪魔だね」
『カイーーーー』
ぎゅ、とカイは雪野に抱きついた。
「探し出して片付けてあげる」
囁いたカイに、やばいと雪野は顔を強張らせた。
『待ってカイ…!』
「!」
ーーーーゴッ.
止める間もなく、カイは廃屋から姿を消してしまった。
『…カイ!!』
人なのか。
妖なのか。
大事なものが決められず、雪野は名取の言葉を思い出した。
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