3
きょろきょろと、靴を手にした雪野は辺りを見渡して窓から脱出した。
「何をしている雪野」
『うわ!』
ビクリとかけられた声に振り向き、なんだと雪野は拍子抜けする。
『先生か…ちょっと出かけてくる』
「窓から出るとは怪しい…一人だけ饅頭を買うつもりだな」
『違うよ…ちょっと、気になる夢を見たから…』
今朝見た夢を思い出して、雪野は歩き出す。その隣を斑も歩き始めた。
「ふん。どうせカイのところだろう」
『…ついて来てもいいけど、貴志君に告げ口しないでよ』
「饅頭五個で考えてやろう」
面倒な奴に見つかった…。内心そう呟き、雪野はカイの家を目指した。
《ーーーー今度車を買うんです。安いけど、燃費がよくて頑丈なやつ》
電気屋の前を通りがかった時、なんだか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
《大事な人を乗せたくて…今度、海でも見に行きませんか?》
足を止め、陳列されたテレビを見ると、そこに映るのはどう見たってあの名取。
《大切な人を乗せるなら、ヨコタの自動車新登場》
ぶはっ。雪野と斑は吹き出した。
『あっはははは。名取さん…あはははははは!本当に芸能人だったんだ…』
もう人目も気にせず雪野と斑は大爆笑。
「笑うなんてひどいなぁ」
夏目にも見せてやりたいとお腹を抱えて笑っていると、頭上からクリアな同じ声。
「やぁ、雪野ちゃん」
見上げれば、本物の名取がいた。
「話があるんだ。どうだい?一緒に海でも見に行くかい?」
女性の歓喜の悲鳴が辺りに響く。キラキラを背負いながら微笑む名取に雪野は…。
『一人で行ってください』
ドン引きしながら即答した。
「あいかわらず冷たいね」
『頷かれても困るでしょう』
場所を移して、人気のない石畳の階段に腰掛ける。
「困るような誘いはしないさ。なら行く?今からでも」
『行きません』
クスクスとからかう名取に雪野はやっぱり即答。
「我がままな奴だな雪野」
『わぁ!…って、柊か…』
突如隣の藪から姿を現した柊に驚いたが、すぐに相手が柊だとわかり雪野はほっとする。
「あいかわらずビビリだな。血の気もないし。本当に人間か?正気が感じられん」
「こら柊。雪野ちゃんが傷つくだろ」
『…』
注意するならするでもっと真剣に注意してほしいと雪野は思う。
「今日は夏目は一緒じゃないんだね」
『四六時中一緒にいると思ってるんですか』
「それなりに」
どこまでもからかうのかこの人はっ。
笑う名取に不愉快そうに雪野は遠くを睨むが、口に出せるほどの勇気はない。
「夏目には話したかい?アレのことは」
『…一応…でも、カイが妖って本当なんですか?』
「それは君が一番よくわかっているだろう。私の仕掛けた妖用の罠から、彼を逃したんだ」
『…』
これは嫌味なのかどうなのかと雪野は複雑そうにする。
『…そのことは謝ります。すみませんでした…でも、どうしてカイを退治しなきゃいけないんですか』
「あんな廃屋にあの子は何をしに行ったと思う?」
『…遊びに、とか?』
「一人で?誰もいないあんなところに?」
明確な答えが雪野はもう出なかった。
「東中からあの廃屋辺りの藪に、妖が引き寄せられるらしいんだ」
▼ ◎