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息を切らし、池で冷えた体に咳も混じる。水浸しの夏目に通りすがる人々は呆然と目を丸くさせているが、夏目は気にせず走る。
「(…くそう)」
ーーーー裏目に出た。何かを、してやりたいなんて思ったからか?
「(なぜうまくいかないのだろう)」
ーーーー千津さんだって、ただーーーー…。
「どうやら駅内にまだ人魚の気配はないな」
蛍一を探しに千津がよく来る駅へとたどり着いた。
「あ…あああああ」
「!千津さん」
ホームの壁際に、顔を覆って悲観するように声を上げる千津を見つけた。すぐさま駆け寄る。
「どうしたんです!?」
「あ…ああ。あの人が、蛍のさんが」
「え」
「あの時のまま…私は…何てことを……」
小刻みに体を震わせ目を大きく見張らせる千津は、人混みの向こうから目が離せずにいる。
「蛍一さん!」
「!千津さん」
「わっ、待て夏目」
「千津さん、待っ…」
『貴志君!』
蛍一を追って行った千津を夏目は人混みをかき分けて追いかけた。
そして、千津は老体を無理矢理動かしたのと、精神的なショックに体が追いつかず、駅から少し離れた原っぱのベンチにもたれていた。
「かわいそうに。疲れたかい」
千津を見つけた人魚が、不気味に笑みを浮かべて声をかける。顔色の悪い千津は荒く呼吸を繰り返しており、顔を上げる気力も無いようだ。
「………その声…………人魚さん?」
朦朧とした意識の中、小さな声で反応した千津に人魚は伸ばしていた手を止めた。
ーーーーばっ.
「…待ってくれ」
千津と人魚を見つけた夏目は人魚に飛びつき、斜面を転がり落ちる。
「待ってくれ人魚!千津さんは子供だったんだ。お前の孤独や傷を知らない、ただの子供だったんだ」
人魚に抱きつき必死に夏目は訴える。
「お前のこと、優しい目をした人魚だったって…」
人魚の目が見開かれる。斑と共に追いついた雪野はあがった息をととのえていたが、チリ…と熱さを背中に感じた。
『(また熱い…友人帳…?)』
リュックから友人帳を取り出すと、友人帳は勝手にパラパラとページを捲っていく。
『…反応してる……人魚。お前、友人帳に名前があるの…?』
微かに人魚の瞳が揺れたのを、夏目は見逃さなかった。
「…だから友人帳を欲しがったのか?」
載っているならば、集中すれば友人帳がその名を割り出してくれる。
「そうだよ、暇潰しさ」
人魚は地面に倒した夏目の上に乗りかかり、頭と頬に手のひらを添えると笑みを浮かべた。
「友人帳を狙ったのも、レイコとかと勝負したのも、あの子に血をやったのもみんなただの暇潰し」
大きく開けた人魚の口から牙がこぼれる。
「ーーーーレイコの孫か。うまそうだ」
「!」
人魚の顔が近づく。
『ーーーー見つけた』
ーーーービュッ.
「!うっ」
夏目の顔すれすれで、間に何かが割り入った。咄嗟に離れた人魚の手。すぐさま夏目は起き上がり距離をとった。
ーーーーゴッ.
人魚の見張る目に映るのは、本来の姿へと変化した斑と、紙を口に咥えこちらを見つめる夏目だった。
「「笹舟」。君の名だ」
ーーーーぱんっ.
「君へ返そう。受けてくれ」
柏手を打ち、息を吐きだせば、名は紙から離れ笹舟の額へと吸い込まれた。
あぁ。
こんな嵐の夜に、突然何月も来なくなってたのに、あの子がまた来てくれた。
きっと遊びに来てくれたのだ。
友達になってと言ってみようか。
恐がらせないよう優しく私は笑えるだろうかーーーー…。
「人魚さん。人魚さんお願い。あなたの血をちょうだい」
ーーーーああ…何だ。
君もやっぱりそれが目的だったのか。
ーーーー何だ…そうだったのか……。
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