「……」
「…何故…」
『先生…フェルペスさんは…』
「……」
ご令嬢に問われ、静かに首を横に振る。
「すでに死後硬直が始まって大分経ってますね」
「悪い夢でも見てんのか俺達は…」
確かに…そう思っても、おかしくない状況だ。
「前の二人のような外傷はないようですが…」
ん…?フェルペスの体を調べつつ、その異変に気づいた。
「首に何か刺したような傷が!!」
フェルペスの首には小さな穴が二つ並んであいていた。その周りはそのせいか変色してしまっている。
「もしかしたら、針のようなもので毒を注入されたのかもしれません」
「針?」
伯爵とご令嬢は視線を交わらせる。何か心当たりでも…?その時「へーーーーっ」と明るい声が。
「ご令嬢いい部屋に住んでるねぇ」
『ちょ…勝手に人の部屋を物色するな!!』
ぎょっとご令嬢が見れば、中国人二人はクローゼットを開けて色々物色していた。子供とはいえ、女性の部屋を我が物顔でどうなのだろう…。
「あっは、あげたチャイナ服とっといてくれてんだ〜。着た?」
『人の話を聞けッ!!着るワケないでしょうがッ』
「おや、これは…」
『いい加減にしろッ!!!』
ぎゃあぎゃあ騒いでいるご令嬢達を「ったく…」と伯爵は呆れながら見ていた。なんだか、伯爵の方がご令嬢よりも大人びているのか…少しだけ、微笑ましく思えた。
「何かの噛み跡にも見えますが…」
「首に噛み跡…まるでカーミラですわね」
「カーミラとはレ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』ですか?」
「ええ」と伯爵にアイリーンは頷く。
「ご存知ですか?」
「こいつは吸血鬼に殺されたってか!?バカ言うな!そんなオカルティックで非科学的なことが、19世紀にあっていいはずがない!」
『非科学的ですか…』
「…それもそうですね」
なんだか含みのあるような言い方だな…。気になりつつ、床に落ちていた置き時計を拾い上げる。
「2時38分」
伯爵とご令嬢が振り向く。ベッド脇のスタンドランプやら、花瓶やらが落ちていた中に、割れてしまっている時計があったのだ。
『それは私が枕元に置いていた時計ですね』
「おそらく、彼が苦しんだ時に落としたんでしょう…壊れてます」
「ということはフェルペス殿は2時38分頃死亡したということか」
「ええ」
「『……』」
眉根を寄せながら二人は視線を合わせる。よく、アイコンタクトをしているようだが…二人は一体、なにを感じあっているんだ?
「ねぇ。こんなトコで突っ立って話し合うより、一度腰を落ち着けて状況を整理してみない?お茶でも飲みながらさ」
「…そうだな」
劉の提案に伯爵は頷く。
「タナカ、皆さんを応接室へ」
「かしこまりました」
_91/212