「(うーーーーん…眠れない…)」
何度目かわからない寝返りを打つ。おやすみと挨拶したのはいいものの、慣れない環境と非現実的な現状に目が冴えてしまう。ふと、伯爵の寝顔を見つめる。出来心というか、人の寝顔というものはつい眺めてしまう。
「(…にしても13歳かぁ。弟のエドと同い年だ。鼻垂らしてるぞアイツ…)」
いつまでたっても子供な弟を思い出して、つい比べてしまう。それから、伯爵の隣で眠るご令嬢を見る。
「(ご令嬢は確か16歳だったよな…シェリルと一緒だけど、アイツこんな大人びてなかったぞ…)」
こう、妹はもっと騒がしい。我が物顔であーだこーだとワガママばかりだった。ふっと、伯爵とご令嬢を見比べる。
「(睫毛長い…血が繋がってないって聞いてるけど、二人ともそっくりだな…)」
顔立ちや雰囲気は、血の繋がりがないと言われた方が驚くかもしれない。二人とも端正な顔立ちだし、フィルターがかかってそう見えるだけだろうか…。
「んん…」
ごろん、と伯爵が視線から逃れるようにご令嬢の方を向く。眺めすぎてしまったか…。二人仲良く寝息を立てる姿に、思わず笑顔がこぼれる。
「寝てると年相応でかわいいな」
気の抜け切っている寝顔を、頬杖をついて眺めてみる。夜会の時なんかは大人顔負けの雰囲気を醸し出していたけれど、やはり、こうして見ると子供なのだと実感する。
「伯爵やご令嬢っていうより、シエル君やダリアちゃんってかんじで…」
「確かに、寝ていれば可愛いものなんですがねぇ」
はーあ。と、聞き覚えのある声がため息をつきつつ言った。顔を上げると、暗がりに慣れた目に映ったのはセバスチャン。
「えっ、ちょっ…まだいたんですか!?」もちろんめちゃくちゃビックリ。というかいつの間に入ってきたんだ?だが、驚きはそれで終わりではなかった。
「遅いぞセバスチャン」
『やっと来たのね』
「へっ?」
声にまさかと見ると、たった今まで寝ていたはずの伯爵とご令嬢が身を起こしていた。羞恥やらなんやらで顔が赤くなるやら血の気が引くやら。
「ははは伯爵!?ご令嬢!?起きてたんですか!?あっ、あの、一人言も聞い…」
「さっさと枕をよこせ」
「はへ?まくら?」
慌てるこちらを気にせず、真っ直ぐに二人はセバスチャンへと手を伸ばしている。確かに、セバスチャンは枕を二つ抱えている。
「これはさしずめ、坊ちゃんとお嬢様の安心毛布といったところでしょうか?」
『別に』
「この枕が気に入ってるだけだ!」
早速取り替えた枕に頭を預ける二人へ、クス、とセバスチャンは笑った。なんだか、馬鹿にしたように見えたのは自分の気のせいだろうか…。
「子守歌もご所望ですか?」
「『いらん!!』」
瞬時にがばっと伯爵とご令嬢は起き上がった。荒々しい怒声に面食らう。
『大体貴方に歌ってもらったことなんてないでしょうが気色悪いッッ!!』
「誤解をまねく言い方をするな!!」
「おやおや」
「アレ…伯爵?ご令嬢?キャラが…」
丁寧な物言いとか、どこにいったのだろう…これが素なのか?セバスチャンはそれだけ気を許した相手なのか…にしても、ギャップがすごい。
「お前はさっさと部屋に戻れ。僕らはもう寝る!」
「失礼しました。では、私は仕事に戻ります」
「『ふんっ』」
「……」
「『スカーーーー』」
「(って早ッ)」
数秒後に夢の中…本当にこの枕じゃないと寝れないのか。一言もそんなこと言ってなかったのに。きっと我慢してたんだな…。
「先生」
呼ばれて、何かとセバスチャンを見上げる。
「この度はご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
「いえ」
「坊ちゃんもお嬢様も、ファントムハイヴ家当主やその姉として気丈に振る舞っていらっしゃいますが、まだ13歳と16歳。幼くていらっしゃいます」
「そうですね。こんな事件に巻き込まれて、不安でしょうがないでしょう」
「先生もお二人が犯人でないと?」
セバスチャンが意外そうな顔をする。
「はい。俺は伯爵もご令嬢もあんなことをするなんて、とても思えない」
「ーーーー…ありがとうございます」
恭しく、一礼するセバスチャン。
「坊ちゃん達のお目付役が、先生で本当に良かった」
「え?」
「ーーーー先生」
きゅっ、と枕の手にセバスチャンが力を込める。見つめるセバスチャンは、何とも言えない憂いを帯びた顔を向けた。
「坊ちゃんとお嬢様を、どうぞよろしくお願いします」
「あっ…」
何か言おうとしたが、背を向けたセバスチャンは部屋を出て行ってしまった。…あの表情は、どういうことだったんだ…?
ーーーー
「ーーーーさて」
ある部屋に来たセバスチャンは暖炉の前に立つ。
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