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その執事、狩猟



ある嵐模様の夜のこと。

夢も希望も失われた真夜中のこと。

亡霊に取り憑かれた私達の頭上、舞い込んだ一羽の大鴉。

何かを夢見る様な瞳で、その大鴉(魔物)は言うのだ。












失われたものは戻らない




   もう   二度と
Never More″































『!!』



何かに弾かれたように、ダリアはその日飛び起きた。



『……はあ〜…』



寝覚めがよほど悪かったのか、寝癖だらけの髪をかきあげながら長く息を吐いた。



『セバスチャンはまだシエルのところか…』



だが、二度寝をする気にもなれずダリアは着替えを始めようとベッドから抜け出した。白をベースに淡いピンク色のレースがあしらわれたドレスを手にすると、寒さからさっさと着替え始める。



『…何か、忘れているような』



ちゃんと大事な大事な行事のことは覚えている…が、それ以外に何かとてつもなくこれからの生活に関わる大切な事があった気が。

ーーーーコンコンッ.



「失礼しますーーーーおや、珍しいですね。お嬢様が起こされることなく、ご自分から起きておられるとは」

『私だってたまには自分で起きるわよ』

「それでは坊ちゃんからの言伝を」

『?』



服の細かい部分をとめ終えると、靴を履かせながらセバスチャンは言った。



「フランシス叔母様の事、忘れてないだろうな≠セそうです」

『……』



きゅ、と紐をセバスチャンが結び終えると、ダリアはフッと笑った。



『あ゛ーーーー!!!』

「忘れておられましたね」

『お前がもっと早く来ないから!』

「坊ちゃんと同じ反応をしないで下さい」

『とにかくセバスチャン早く髪を整えて!』

「御意」



シエルと同じように慌てふためくダリアにクス、と笑いながらセバスチャンはブラシを手にした。

それから数分後、ヨレッとボロッとなりながらも、シエルとダリアはついた馬車から降り立った貴婦人と向かい合っていた。



「『お久しぶりにお目にかかりますミッドフォード公爵夫人』」

「今日もまた予定よりお早いご到着で…」



午後のはず…約束は午後のはずだったのに…と二人はやっぱりかよという顔。



「堅苦しい挨拶は結構。今起きたという顔ですねファントムハイヴ伯爵、ダリア嬢」

「いえ、そのような…「やーんっ。寝起きのシエルもかわいーーーーっ」

「ぐえっ」



エリザベスに抱きしめられて苦しそうなシエル。



「エリザベス!」



ビクッ、とエリザベスは母親を見る。



「挨拶もなしに無礼なマネはよしなさい。この母の実家といえど、レディたるもの礼節をわきまえろといつも…」

「ごっ、ごめんなさいお母様!!」



雷が落ちかねないフランシスの表情に大慌てでエリザベスは謝った。と、フランシスはセバスチャンを見た。



「お久しぶりにお目にかかります公爵夫人、エリザベス様。ようこそいらっしゃいました。本日は遠方よりーーーー…?」



じーーーー…とセバスチャンを凝視するフランシス。



「あの…えっと…私の顔に何か…」



戸惑いながら、フランシスの迫力に引き気味にセバスチャンが訊ねると、フランシスはキッパリと言った。



「いやらしい顔だな、お前は!相変わらず」



面食らってセバスチャンは困り顔で笑う。



「生まれつきこの顔でして…「それに!」



ガッ、とセバスチャンの前髪をフランシスはわしづかむ。そのことにセバスチャンも見ていたシエルとダリアも、驚きと迫力に冷や汗を流しながら顔をひきつらせた。



「お前もシエルも男のクセにダラダラと前髪を伸ばしおってうっとうしい!タナカを見習え!!」



おっ、おばさま!?
お待ち下さ…。
ちょっ。
ああああああ!!!







『お手数おかけして申し訳ありません…叔母様…』

「全くだ」



怒りたいのを我慢しているシエルに代わりダリアがひきつり笑いで言った。シエルは七三、セバスチャンはオールバックに初めこそ爆笑していたが今じゃ同情しかない。

ーーーー前ファントムハイヴ伯爵の妹君フランシス様は、規律に厳しく惰性と欲を嫌い強気と清きを尊ばれるお方です。お噂では、女王陛下主催のフェンシング大会で、騎士団長であるミッドフォード侯爵に人間とは思えない強さで…失礼、勝利したのがきっかけで御結婚されたとか。ご結婚されてからも日々の鍛錬をかかさず、まだ若き日の強さと美しさを保っておられるとんでもない…ゴホン、貴婦人なのです。



「抜きうちで来てみれば相変わらずお前達はダラダラ、執事はいやらしい。シエルは我が娘を嫁る男」



ドキッ、とシエルは気をつけ。



「ダリアもいつかは何処かへ嫁ぐ女!ただ旦那に任せっきりなど女として情けない」



ドキッ、とダリアが気をつけ。



「今日という今日はお前達を鍛え直してやる!」

「『!!』」



思わず顔に拒絶が。




「まずは屋敷内を見せてもらおうか!部屋の乱れは心の乱れ!!」

「では私がご案内致します」

「お、おい…」

『あの惨状を見せる気…?』



数日ぶりに戻った屋敷は残してきた使用人達により三分の一が破壊されていたのだが…。



「Shhー。おまかせ下さい。昨日のうちに全て完璧に整えてございます」



セバスチャン…!と二人はこの時ばかりは有能なことに感激した。



「まず中庭からご案内致します。今年はドイツから取り寄せた冬薔薇が大変美しく…」



扉を開けた先には冬薔薇を無残にも切り取っているフィニの姿が。

ーーーーパタム。



「間違えました」



何も言わず閉じるとにっこりと笑いながらセバスチャンは言った。



「先に見て頂きたいのはリビングの方でした」

「何故だ?ここまで来たんだし中庭からで「いえリビングへ。クリスマスローズのパーティードレスとドイツから取り寄せた冬薔薇が見頃なのですが花はお昼頃に全て開いた姿を…」



と隙を与えないように話し続けるセバスチャンに何かあったな…とシエルとダリアは瞬時に理解した。



「リビングは先日大幅に模様替えを致しました。フランスから美しい柄の壁紙を取り寄せまして…」



扉を開けた先には盛大にティーセットを割るメイリンの姿が。

ーーーーバタム。



「間違えました」



またしても扉を閉じるとにっこりと笑いながらセバスチャンは言った。



「やはり温室でお茶に致しましょう」

「何故だ?リビングを見に来たんだろう「いえお茶にしましょう。お二人共窮屈な馬車に長時間お乗りになってお疲れでしょう。気がきかず申し訳ありません私とした事が…温室にくつろげるスペースをもうけておりますので…」



と、ベラベラ続けるセバスチャンに冷や汗ダラダラな二人。



「丁度スペインから良いオレンジが入った処ですのでディンブラでシャリマティーなど…ーーーードカーン!



キッチンからの大爆発。



「……」

「また間違えたのか?」



笑顔を浮かべたままもう何も言わないセバスチャンにフランシスは言った。




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