ーーーーガラーン…ガラーン…
「にいたん」
「あ?」
「どーして今日あんなに教会に人がたくさんいるの?」
「さー?」
「にいたんは知らないの?ばか?」
「オレはまだ12歳だから知らなくていいんだッ」
「そうだね」
ん?、と兄弟は声の方を見て顔を青ざめ抱き合った。
「子供は知らなくて当〜〜〜〜然だ」
ぬうっと幽霊かと思うように登場したのは葬儀屋。
「今日はねぇ、とある貴婦人の晴れ舞台なのさ」
「晴れ舞台…?」
「そ。人生最後にして最高のセレモニー」
ーーーーお葬式だよ。
*
アンジェリーナ・ダレス、永眠。
アンジェリーナの葬式には、幾人の人々が出席しており、その中には劉の姿もあり、もちろんエリザベスもいた。
「アン叔母さま…」
ーーーーガチャ…
背後で、扉が開く音がしたのでまた誰か来たのだろうと気にもとめなかった。だが、会場がざわめき始めたのでエリザベスは何事かと振り返った。
「シエル…!」
そこにいたのは髪を整え喪服を着たシエル。胸元には、お葬式には有り得ない真っ赤な薔薇の花が。
ーーーーコッ.
会場が、さらにざわめき始めた。
「ダリア姉様…!」
シエルの隣に現れたのはダリアだったのだが、その服装は黒ではなかった。
「(真っ赤なドレス…!?)」
それを見て、会場内の全員が一番に頭に思い浮かんだのはマダム・レッドの姿。もちろん、お葬式に真っ赤なドレスなんて、非常識にも程があるが、どうしても真っ向から非難なんてする気になれない。
ーーーーコッ.
二人は周りの戸惑いや非難の目をものともせず、アンジェリーナが眠る前まで歩く。
ーーーーばさっ.
『ーーーー貴女には、白い花も、地味な服も似合わないわ』
下に真っ黒なドレスを着ていたダリアは、真っ赤なドレスを脱ぎ払うとアンジェリーナにかけた。
「貴女に似合うのは、情熱の赤」
スッ、とシエルは胸元から花をとると、アンジェリーナの髪に飾る。
「地に燃えるリコリスの色だ、アン叔母さん」
また目に涙をためていたエリザベスのぼやける視界に、赤く主張する花びらが。
「ーーーーあ」
見上げたエリザベスは目を見開き驚いたが、それはエリザベスだけではなかった。教会内には、真っ赤な花弁が溢れんばかりに降ってきていた。入口にはその花を乗せた荷馬車を背にセバスチャン、そして葬儀屋が立ち二人を見つめていた。
「『ーーーーおやすみ』」
脳裏に浮かぶは、いつでも明るく元気をくれていた叔母の姿。
「『マダム・レッド』」
*
「切り裂きジャックの正体は、女王に報告しないのかい?」
「ーーーー…する必要もないだろう」
アンジェリーナのお墓の前で、シエル達は話していた。
「もう切り裂きジャックは、ロンドンにはいないのだから」
空を見上げるシエルに対して、ダリアはうつむき加減に前を向いたまま。
「ーーーーそうやって君もご令嬢も、どんどん泥沼に足を嵌めてゆくのだね」
「…?」
「たとえ引き返せぬ場所まで踏み込んだとしても、君達は無様に泣き叫び助けを乞うような姿は、決して人には見せないのだろう」
誇り高き、女王の狗。
「我も伯爵やご令嬢のお世話にならない様、せいぜい気をつけるよ」
それは、シエル達に向けていったのか、それともアンジェリーナに向けて言ったのか。
「阿片は中毒性が問題になってきてる。英国で規制がかかるのも、時間の問題だからな。そうなればおまえらの経営しているアナグラも、いずれ閉鎖せざるをえなくなるだろう」
「そうなったらまた、別の商売を考えるさ。まだ我は、この国に興味がつきない」
劉はシエルとダリアを見る。
「君達にもね。伯爵姉弟」
シエルに近づくと劉は耳元で目を開けて言った。
「まだまだ面白いものを見せてくれると、期待しているよ」
去り際にアンジェリーナの墓を見つめたままのダリアの肩に手をおいていった劉。それを見送ると、シエルは歩き出した。
「セバスチャン。少し寄る所がある、来い」
そう言ったシエルが向かう先に検討がつかなかったセバスチャンだが、墓地から出ることなく歩く様子から誰かのお墓へと向かうようだ。
「ーーーー葬儀屋、終わったか」
シエルが向かった先には退屈そうに罰当たりにも墓石に座っている葬儀屋の姿が。
「もちろん。小生がしっかり綺麗にして埋葬してあげたよ」
「ほら」と示す先には「メアリ・ジェーン・ケリー」と名前が彫られた墓石が。
「切り裂きジャック事件最後のお客さんだよ」
それを見たセバスチャンは驚いたように目を丸くした。
「国外からの移民だったらしい。遺体の引き取り手が見つからなかった」
「だから優しい伯爵は名もない娼婦のお墓を建ててあげたんだよねェ〜」
「優しくなどない」
何故か楽しそうに言う葬儀屋に若干呆れながらシエルは否定すると、杖を握る手に力を込めた。
「…僕は、わかっていたんだ」
ダリアは瞳を閉じた。
「この女を、助けてやれないということを」
「あの夜」とシエルは続ける。
「この女の命を第一に考えるなら、助ける方法はいくらでもあった。だが、僕らはそうしなかった」
助かる可能性をわかっていながら、切り裂きジャックを捕らえることを優先した。
「僕らは、助けられないのを、わかってた」
そう、簡単なことのようにわかっていた。
「わかっていて、見殺しにした。肉親さえ…」
ぎゅ、とダリアが握る手に力を込めると、葬儀屋がのぞき込むように見てきた。
「ダリア嬢、泣いているのかい?」
その問いに、一拍の間の後ダリアは答えた。
『泣いてなどないわ』
凛とした顔でハッキリと答えたのだが、葬儀屋はそれを否定するように続けた。
「でも、泣きそうだ」
『!』
驚いたように目を見張ったダリアをセバスチャンは目を細めて見る。
『…貴方、そのうっとおしい前髪切ったらどう』
すぐに呆れたように息を吐きながらダリアが言うと「えー」、と葬儀屋は首を傾げ、そのままの状態で言った。
「…後悔してるのかい?」
『してない』
前を見たままダリアは否定した。
『切り裂きジャックはもういない』
「ああ。ヴィクトリア女王の憂いは晴れたのだから」
「女王か。気に入らないなァ〜」
んー、と葬儀屋は言う。
「自分は高みの見物ばかりで、辛いことや汚いことはぜ〜んぶ二人に押しつける」
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