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その執事、追想



あの人≠フ跡を継いだシエルが、ダリアと共にとうとうわたしを捕まえに来た。

姉さんに、よく似た顔で。

姉さん、あなたはこれ以上私から何を奪おうというの?

今度は、私は何も譲らないわ。



「何も譲らないわ!!」



















「アタシは返り血で真っ赤に染まったアナタが好きだったのよ、マダム・レッド。下らない情に流されるアンタに、興味ないわ」



ドサッ、とアンジェリーナは力無く地に倒れた。



「アリバイ作りの手助けもしてあげた。アンタのためと思って、死神のルールを破ってリストにない女まで殺してあげたのに、ガッカリよ!」



デスサイズについた血を払いながらグレルは言う。



「結局そこらの女と一緒だったのね。アンタに赤を着る資格、ないワ」



倒れているアンジェリーナからグレルは上着を奪い緩く羽織った。



「チープな人生劇場はこれでオシマイ。さようなら、マダム」



興醒めしたように言うとグレルはその場を去り始めた。



『……』



ん?、とセバスチャンが見ると、アンジェリーナの傍に座り込んだまま見つめていたダリアが、自身の手でアンジェリーナのまぶたをおろしている姿が。



「セバスチャン、何してる」

「……?」



シエルがの言葉にセバスチャンはわからないといった表情。



「僕らは、切り裂きジャックを狩れ≠ニ言ったんだ」

『まだ終わってないわよ』



ダリアの言葉に、ピクッとグレルが反応して歩みを止めた。顔を上げた二人は、冷たく凍った瞳をセバスチャンへと向けた。



『何をぐずぐずしている』

「もう一匹を早く仕留めろ」

「…御意」



呆気にとられていたセバスチャンはニヤ、と笑っていた。



「…ンフッ。ヤる気萎えちゃったから見逃してあげようと思ってたのに…そんなに死にたいなら三人まとめて天国に、イかせてあげるワ!!」



再びふるわれたデスサイズをセバスチャンはかわす。



「天国ですか。縁がありませんね」



言うとセバスチャンは道脇にあった荷物箱を足で蹴り飛ばした。が、グレルはそれをデスサイズで破壊する。



「アタシ今機嫌悪いの。手加減なんか…!?」



荷物箱を破壊した向こうにセバスチャンの姿がない。と、思うとふるったデスサイズの先にセバスチャンが着地した。



「!!」



ーーーーボッ!!



「ちょっ…アンタ今アタシの顔狙ったでしょう!この人でなしッ」

「でしょうね。私は、あくまで執事ですから」

「ふんっ。悪魔が神に勝てると思ってんの?」

「どうでしょう。戦った事がないので分かりませんが…坊ちゃんとお嬢様が勝てと言うなら、勝ちましょう」



その言葉にグレルはシエルとダリアを見る。



「そこのガキ共と何があったのか知らないケド、随分な入れ込みようじゃない。妬けちゃうワ」



何も言わず笑みを浮かべるセバスチャン。



「でも、たとえ悪魔でもデスサイズで狩られれば本当に消滅しちゃうのよ?怖くないの?」

「全く。今この身体は、魂は、毛髪の一本に致まで、全て主人のもの。契約が続く限り彼らの命令に従うのが、執事の美学ですから」



シエルとダリアはセバスチャンを見る。



「彼らが死ぬなと言うなら死にませんし、死ねと言われれば消えますよ」

「ふーーーーん。美学を追求する男って好きヨ、セバスちゃん」



グレルが動いた。



「そのすました顔をヒールで踏みつけて、靴を舐めさせてやりたくなる!!」

『舐めさせたくはないけど、踏みつけたいのはわかる』

「……」



そこはシエルも否定しなかった。



「悪魔と、死神。やっぱりアタシ達分かり合えないのかしら。魂を全て回収するのが死神の仕事なら、悪魔はその魂を掠め取って食べてしまう害獣!」



攻撃を続けながらグレルが言う。



「思っても報われない…まるで、ロミオとジュリエットの悲劇だわ!」



一斉に全員にトリハダが。それはもう凄まじい、過去最高かもしれぬ勢いで。



「私と貴方が主演では、シェークスピアも嘆くでしょうね!」

「ああ、セバスちゃん!どうして貴方はセバスちゃんなの?」



高く飛躍すると空中からグレルはセリフを芝居がかって言う。



「主人からもらったその忌まわしい名を棄てて、アタシだけを見てくれたなら!」



フッ、と笑いセバスチャンも続ける。



「ただ一言、主人が私を「セバスチャン」と呼んだ時から、その言葉こそ新しき洗礼にして契約。その日から私は「セバスチャン」ですよ」



屋根に着地すると、月をバックにセバスチャンは静かに言った。



「月に誓ってね」

「月に誓うなんて不誠実な男ね」



常に満月を保たず、時には居なくなることもある満ち欠けのある月…。



「アナタの瞳は本当には何も愛していない穢れた瞳。無垢な魂を卑しい手と唇で汚す悪魔」



と、ここまでミステリアスに来ていた空気が失せた。



「いい…いいわ…ゾクゾクするワ、セバスちゃん!アナタの子供なら産める気がする!」

「やめて下さい気持ち悪い」

「ああん∨冷たいのね!」



げっ、と顔を歪めながら心底イヤそうにセバスチャンはグレルに言った。



「美しい暴君!天使のような悪魔!!鳩の羽をした烏!!!」



デスサイズをふるってきたグレルとセバスチャンの攻撃が交差する。



「狼のように貪欲なアタシの仔羊、セバスちゃん!!」



振り下ろされたデスサイズの持ち手部分のグレルの手を踏みつけて抑える。



「ああ…セバスちゃん…朝なんかこなければいいのに。そうしたらいつまでもこうして二人殺(アイ)し合っていられるのに」



月明かりが、二つの影を照らす。



「でも、アバンチュールはここまでよ」



顔を近づけるとグレルはセバスチャンにまさかの頭突き。



「…ッ」

「情熱的なキッスでお別れヨ、セバスちゃん∨」



グレルは再びデスサイズを振り上げた。



「それでは、幾千にも幾万にも、ごきげんよう」



デスサイズはセバスチャンへと振り下ろされた。





next.
_27/212
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