「どういうことですの?」
「わかりやすく表にすると…こういうことです」
手帳にわかりやすく表をかいて、周りに見せる。
午前1時10分頃、ジーメンス郷を殺害できたのはファントムハイヴ伯爵とご令嬢のみ。午前2時38分頃、フェルペスさんを殺害できたのはセバスチャンのみ。そして、そのセバスチャンを午前2時50分頃に殺害できたのは先生と伯爵とご令嬢以外全員。
「つまり、セバスチャンと共謀していたとしても、一連の殺人を一人の人間が起こすことは不可能なんです!」
「一人が無理なら二人組で来た奴らが犯人だ!!」
「冗談じゃねえ!!こんなトコに閉じ込められた上に犯人扱いかよ!」
「グリムズビー落ち着いて!」
「そうです落ち着いてください!それにこれは二人組なら可能だとか、そういう単純なことでは…」
「単純だってなんだっていい。もうたくさんだ!!」
バンッとウッドリーは机に両拳を叩きつけると立ち上がる。
「もうこんなトコいられるか!!」
『どこに行かれるのです?』
「この状況下で勝手な行動は慎んで頂きたい」
「何が勝手だ!!元はと言えばお前らがッ」
「僕らが?」
吼えていたウッドリーだったが、二人に見据えられぐっ…とつまる。が、すぐに二人に指を突きつける。
「俺はっ…知ってるんだ!本当は全て、お前らが仕組んだことなんだろう!!」
二人はウッドリーに困ったように笑う。
『どうされたのですか、ウッドリー殿?』
「何を仰ってるのかわかりませんが、落ち着いてください」
「最初から俺達を始末するつもりでここに集めたんだろう、女王の狗がッ」
伯爵もご令嬢も、その言葉が出た途端、瞳を冷淡にさせウッドリーを見た。
「……?」
何のことだろう…。それに、あんな目をするなんて、いったい…。グレイならまだわかるが、彼らに女王の狗とは…。
「俺は帰らせてもらう!!殺されてたまるか!!」
ええ!?それは、流石に見過ごせない。
「待ってください!この嵐じゃ無理です!疑われないためにも、ここで一緒に…」
「医者風情が俺に指図するな!!」
ーーーーガシャーン!!
「キャーーーーッ」
止めようとするも、ウッドリーに殴られて、テーブルに派手に倒れてしまった。か、かっこ悪すぎる…。
「『ウッドリー』」
はたと、目を丸くする。今までとは違う、伯爵とご令嬢の声が響く。
『座れと言ってるのよ』
「さっさと座れ」
独特の威圧感を、二人は醸し出していた。反論する気になれないような、言い知れぬその空気…こんな一面が、あったのか。子供のする顔じゃない。ウッドリーはカッと頭に血が上ったのか、顔を真っ赤にさせ振り向く。
「おっ…俺に命令するなああああッ」
「伯爵ッ!ご令嬢ッ」
ーーーーダァン!『『『!!!』』』
二人が座るソファに向かって拳を振り下ろそうとしたウッドリー。だが、その拳が届くことはなく、ウッドリーはタナカによって床に押さえつけられた。
「ぐっ…!「申し訳ありません、ウッドリー様。この屋敷におかれましては坊ちゃん、並びにお嬢様に仇なす者」
ギリ、とタナカが手に力を込める。
「ぐああッ」
「何人たりとも、この使用人共」
シェフ、庭師、メイドの三人がウッドリーを見る。その目は、冷淡さを垣間見せたような、本気のものだった。彼らは、いったい…。
「容赦致しませぬ」
タナカはニコ、と微笑んだ。
「どうぞ、ご承知おきくださいませ」
「なんなんだこの家はっ。畜生…ッ」
恨めしげにウッドリーは睨み上げていたが、それ以上反抗することはなかった。……それにしても…。
「いっ…今のは一体。全く動きが見えなかった!」
「確か、日本の柔術(バーティツ)≠チてヤツだね」
「バ…バリツ?初めて聞きます!」
すぐさま手帳を手にし、存じている様子の劉に詰め寄る。
「すいません。バリツについてもっと詳しく…「タナカ、それくらいにしてやれ」
紅茶を飲みながら伯爵が言えば、タナカはウッドリーから手を離し立ち上がる。
「ウッドリー殿。我々の指示に従って頂けますね?」
伯爵の再確認に「ちっ…」とウッドリーは仕方無さそうに舌打ちした。
「ーーーーさて」
カチャ…とソーサーに伯爵はカップをおく。
「現状、絶対に犯人になりえないのは先生だけです。これからの僕達の行動は先生に決めて頂くのが、一番安全でフェアだと思います」
『それもそうね』
ええ?素っ頓狂な声が出てしまった。いやいやいやいや。
「俺…ですか!?」
「ええ」
『私達としては、いつまでも犯人に屋敷内をウロついてほしくないんです…』
「そ…それは、俺も同じですけど…」
「そりゃあ…」
「俺達だって…なぁ」
「じゃあ、決まりですね」
周りの賛成という空気に、それでいいのか?と思ってしまう。伯爵とご令嬢は微かに笑みを浮かべた。
『どうせ嵐が止むまで、時間はたっぷりあるんです』
「『じっくりと犯人を追いつめるとしましょう』」
目を丸くしてしまう。戸惑いと驚きと…微かな恐怖を滲ませながら、二人を凝視した。
「『ねえ、先生?』」
ーーーー連続殺人犯という幽鬼のさまようこの城で、この姉弟はあまりに子供らしく、無邪気に微笑んでいた。その微笑みを、わたしはこの先ずっと忘れることはないだろう。
ーーーーまるで、ゲームを楽しむかのようなそれは、残酷で、美しく、悪魔から枝分かれした妖精(インプ)のようだったのだから。
next.
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