伯爵、ご令嬢と一緒に寝るなんて、数時間前の自分は予想だにしていなかっただろう。まさか喜ぶわけもなく、うなだれてベッドに腰掛ける。
「ーーーーまったく。面倒なことになったな」
「さようでございますね」
『ていうか1つのベッドに三人で寝るってどうなのよ』
「余裕でスペースはありますから、ご心配ありませんよ」
『そういう問題じゃないわよ』と言ったご令嬢の腕にある手錠が、ジャラッと鳴った。その音に、数十分前のグレイの話を思い出す。
ーーーー「コレ、ボクが仕事でテロリストとか捕まえた時に使う護送用の手錠なんだけど、鎖長いからベッドの下に通せば誰も逃げられなくてイイよね」
「(…ていうかむしろこれ、俺の方が自由を奪われてないか?)」
伯爵と、ご令嬢の二人分の手錠を両手首につけている自身の手を見下ろす。護送されてる気分になり、さらに憂鬱になった。
「そういえば、フェルペス様にご用意していたのは件のお部屋のお隣だったのですが、お嫌だと申されまして」
「だろうな」
「すぐにご案内できるのがお嬢様のお部屋だけでしたので、そちらにお通ししました。申し訳ありません」
『かまわないわ』
着替えをしていた伯爵はセバスチャンの後ろにある暖炉を見て、ご令嬢の隣に腰掛ける。
「今夜は冷えそうだ。各部屋の石炭(コーク)を切らせるな」
伯爵は笑みを浮かべながらセバスチャンを見上げる。
「僕らがいなくても、お客様へのもてなしを完璧にな」
「御意、ご主人様」
やはり、伯爵ともなるとしっかりしているな…。この状況でも、客人のことを気にかけてる。セバスチャンの返事も雰囲気に似合ってる。同じように笑みを返したセバスチャンは、手錠を手にした。
「では失礼します」
カチッ、と伯爵の手首にも手錠がかけられた。
『先生、寝る順番はどうなさいます?』
「えっ」
「僕らが決めてはフェアではないでしょう」
二人に問われて慌てる。そんなの考えてなかったが、ちらりとご令嬢を見る。
「えっと…やはり、ご令嬢と俺が隣同士寝るのは…」
「では、僕が真ん中ということで」
『私が端ね』
「じゃあ先生、そろそろ寝ましょうか」
「は、はいっ」
「それでは、お休みなさいませ」
『あ、待って。私この本読みたいの…シエル、先生、しばらく灯りがつきますけど、かまいませんか?』
「僕はかまわん」
「お、俺もです」
「では、私はこれで」
一礼してセバスチャンは部屋をあとにした。それからご令嬢が本のページをめくる音が数回した頃。
「ーーーー先生」
「…はい」
こちらに顔を向けた伯爵が口を開いた。
「すみません、こんなことに巻き込んでしまって」
『そうよね…殺人犯と一緒では、寝るに寝られないでしょう?』
「い…いえ」
殺人犯だなんて、なんだか自分が言わせてしまったような気がして恐縮する。ふと、伯爵の右目を隠す眼帯が気になり、話題を変える為にも口に出す。
「あの…伯爵は寝る時も眼帯を外さないんですか?」
「え?ああ」
「余計なお世話かもしれませんが、寝る時くらいは風にあてた方がいいですよ」
起き上がり眼帯へと手を伸ばす。
「その方が治りも早いですしーーーー」
ーーーーバシッ!
「あ…」
触れる前に、思い切り手を弾かれた。拒絶する勢いのそれに、動きを止め目を丸くする。すぐに、伯爵はしまったという顔をした。
『…先生』
どう反応すればいいのかと、リアクションをとれずにいると、ご令嬢の助け舟。本から視線を外し、眉尻を下げながらご令嬢がこちらを見る。
『シエルのその傷は…私の首筋と同じ、家族を失った時ついた傷なので、あまり見たくないんですよ』
え…!?確かに、ご令嬢の首には包帯が巻かれてある。二人の両親は、既に他界もしていた。無神経だった自分に気づき、慌てて飛び起きる。
「そうとは知らずすみません!!」
「いえ…」
なぜか、気分を害した様子なく、クス、と伯爵とご令嬢が笑った。
「そういえばいつぶりかな、こうやって大人と寝るなんて」
『そうね…小さい頃以来じゃないかしら。ほら、あの嵐の夜』
「ああ…こんな嵐の夜に、雷が怖くて二人して両親のベッドに潜り込んだのが、最後かもしれません」
ジャラ…と、枕を握りしめた伯爵と、足を抱えたご令嬢の手首で手錠が鳴る。
「『今は誰も…』」
あまりにも、二人が小さな存在に見えた。夜会の時は、あんなにも小さいながらも大きく見えたのに。寂しそうな背中に、考えるよりも先に体が動いた。
ーーーーふわっ.
伯爵とご令嬢の頭を、そっと撫でてやる。柔らかな感触と、わずかに温もりが手のひらへと伝わった。
「『先生?』」
目を丸くし、二人の不思議そうな声にハッと我に返る。すぐさま手を引っ込めた。
「すっ、すすすすみませんッッ。おおお俺、10人兄弟で伯爵とご令嬢くらいの弟と妹がいるモンで、ついッ!!」
「弟…妹…」
「あのっ、決してバカにしている訳ではなくてですね…」
あたふたと弁明を探していると、ふっ、と二人はゆるやかに笑った。
「もう寝ましょう先生」
「あ、ハイ…」
「姉さんもそろそろ寝たらどうだ?起きれないぞ」
『そうね』
フッとご令嬢は蝋燭を吹き消してベッドに潜る。こちらもベッドへと潜り込むと、二人がこちらを見上げているのに気づく。
「『おやすみなさい』」
「おやすみなさい…」
ーーーー果たして、この小さな姉弟が殺人犯なのだろうか?本当に?
その日の夜、ある部屋である人物が殺害された。
next.
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