「思ったより元気そうだな」
重々しい足音と共に象は先を行く。
「アグニも来るって大変だったんだが、寄宿学校は従者連れ禁止みたいだからな」
「まぁ、基本的にはな…」
馬車とは違う振動にシエルは居心地悪そうに身じろぐ。
「お前を呼んだのには理由がある」
「おぅ、なんだ?言ってみろ」
「実は、お前が入寮する赤寮のモーリス・コール先輩とケンカしてしまったんだ」
「ふん?」
「お前も知っての通り僕は友達が少ない…だから仲直りの仕方がわからなくてな。それでお前に協力してほしいと…」
自嘲気味に笑いながらシエルが言えば、ソーマは目に涙を浮かべ感動。
「よしわかった!根暗で卑屈なお前のために俺が一肌脱ごう!ちゃんと気にしてたんだな!!」
「おい」
そこまで言ってない。友達少ないがえらく酷い言葉に変換されていた。
「まずは3人で一緒にカリーで晩餐とかどうだ?」
「いや、それはできない」
笑顔で提案していたソーマは首を傾げる。
「なんでだ?」
「どうやら僕の顔も見たくない程怒らせたようでな…だから今度はアイツをよく知ってたから話し合いたい」
ここからがソーマを呼んだ本題だった。
「お前はモーリスのことをよく観察して教えてくれ。特に僕が見ることができない赤寮内での奴を。どんな些細なことでもいい。内緒でな!」
「わかった、内緒だな!」
互いに差し出した人差し指を合わせあい、ソーマは高らかに告げた。
「親友の俺に任せとけば大丈夫だ!」
「ああ、期待してる…うっぷ…」
シエル、初の象乗りに象酔い。
*
【深紅の狐寮】
「おいお前!シエルと仲良くしてやれ!!」
「…は?」
勉学中だったモーリスは、いきなり話しかけてきたソーマにどういう事かと困ったように固まった。しかし、とりあえずソーマからの言葉に対する答えはすぐに出てきた。
「あいつは監督生の顔に泥を塗ったんだよ?その寮弟たる僕が許す訳にはいかないね!」
そっぽを向きながら言うモーリスの頑なな態度にムーンと顔全体で不満を表す。
「なー、どうしてもダメか?」
という訳でその日から…。
「なー。アイツいい所もあるぞ?」
外でも。
「なー。話せばわかるって」
食事中も。
「なあ」
部屋でも。
「なあ」
トイレでも。
「なあ、なあ」
教室でも。
「なー。なー。なーってば」
どこへ行くにも、モーリスの周りにはソーマありとなった。
「ンアアアアアア〜ッなんなんだ君は!!!」
そんなある日、モーリスの堪忍袋の緒が切れた。
「もう付いて来んな!!」
ドアが壊れるのではと思うほど荒々しく閉めて拒絶。閉め出されたソーマは部屋の前で思う。
「(あいつちょっとシエルに似てるな…)」
それからしんとした廊下に所在無さげに立っていたソーマだが…。
「うん!ヒマだ!シエルの所に遊びに行くか!」
切り替えが早いソーマは深紅の狐寮・厩舎の隣にいた象のもとへ。
「よ〜し、行けゾウ!青寮はちょっと遠いからな!」
ひらりと身軽に象に跨りいざ出発!だったのだが…。
「なんだ!?」
茂みが風もないのに音を立てて揺れた。
「うわあっ!?」
その音に象が怯えてビビってしまい、暴れ出してしまった。
「あああああそっちじゃな〜〜〜い!!」
制御不能な象が走り行く先には…。
「はあ…やっと静かになった。ん?」
部屋で友人と一息吐いていたモーリスは、窓の外からの地響きに目を向ける。なんだか…近づいてきている。
「うわあああああ止まれええええ」
「!?」
悲鳴を上げるソーマが乗っている象が、こちらに突進してくる。
「ちょっ…ウソだろ!?」
次の瞬間、悲鳴と爆発音が辺りに響いた。
「カダールは5Yだ!!」
騒ぎを聞きつけやってきたレドモンドは、我が校始まって以来の騒動だろう事に頭が痛いような気がした。なんでこんな事になるんだ?と思わないなんて出来ないだろう。
「今後は学内で象は禁止!」
「すまん」
「「ごめんなさい」だろうがァァァ」
てへっ。となんとも軽いソーマの謝罪に後ろで被害にあったモーリスが叫んでいた。
「しかし参ったな…」
改めて現場を見渡す。
「今は部屋の空きがないのに」
壁は大きく穴が空いて破壊され、ベッドもとてもじゃないが使える形を保ってはいなかった。
「しばらく俺の部屋に来るか?」
「えっ」
「いや!俺のベッドを使ってくれ!」
「ハァ!!?」
レドモンドの申し出にオーラを輝かせていたが、ソーマからの申し出には聞き捨てならないと顔を青ざめた。
「何言っちゃってんの?誰が君の部屋なんかに…」
「俺は責任感ある男だからな!」
感謝なんて微塵もない、それどころか迷惑を身体全体で示しているにも関わらず、ソーマは何故かドヤ顔。
「いい心がけだカダール。頼んだぞ」
「ちょっ、レドモンド先輩!?」
「よーし案内してやる!」
あっさり見送るレドモンドに助けを求めるように手を伸ばすモーリスを笑顔でソーマはズルズルと引きずりながら部屋へとご案内。
「このベッドを使え」
「ハアァァ…」
他の生徒と装飾が違うソーマのベッドへと案内されたモーリスは、ソーマの入学により数年分程の気力を失った気がした。
その夜、ベッドはモーリスに貸しているので床に寝ていたソーマは、ベッドが軋む音に目を覚ました。
「(ん?)」
暗がりの中、モーリスが部屋の外へと出て行くのが見えた。
「(なんだ、こんな夜中に…)」
気になりそっと後をつけて行くと、モーリスが右へと曲がった。
「(郵便受け?)」
何故夜中にそんなところへ?益々気になりバレないようこっそり伺っていると、モーリスは他人の郵便受けに薔薇のカードをいれていた。
「!あいつ…」
*
【礼拝堂】
『遅い。やっと来たわね』
「ダ、ダリア!?」
シエルと約束していたソーマは礼拝堂に来た。出迎えたのはダリアで、何故と目を丸くするのだが、この後さらに衝撃な人物が出迎えた。
「ダリア、お前なんでここに…」
「いらっしゃいませソーマ様。中で坊ちゃんがお待ちです」
「ヒィッ!?」
なんとも失礼な反応を同じく出迎えたセバスチャンに。
「従者連れは禁止じゃないのか!?」
「やむにやまれぬ事情があるんだ」
「ソーマ様、お嬢様がファントムハイヴの令嬢であることや私が坊ちゃんの執事であることはどうかご内密に願います。もし口外されれば「いいいいい言わない!!」
笑顔なのに恐い。いつまでたってもなれないセバスチャンのその技に、ソーマは冷や汗を流しながら必死に伝えた。
「で?何かわかったか?」
「ああ!実はな」
早速ソーマは報告。
「あいつ夜中にコソコソ同じ寮生相手に花型のカードで手紙出してたぞ。しかもいーっぱい!」
「カードですか」
「直接話せばいいのにな。シャイな奴だ!」
ニッとダリアが笑う。
『やっと証拠が掴めそうね』
「あとはどうやって仲直りするか?だな」
「あ!あとアイツ…」
どんな些細なことでもいい。その言葉通り、ソーマはついでにと何気無く報告したのだが…。
『へえ…』
「坊ちゃん…!」
「ああ。これでピースは揃った」
ソーマのその何気無い報告は、大いに役立つものだった。
「ありがとう。お前のおかげだ」
「!!」
シエルからのお礼にぱあっとソーマは笑顔を。
「じゃーなーまた頼れよ!!」
上機嫌でソーマは手を振り去って行った。
「作戦会議だダリア、セバスチャン」
『ええ』
「はい」
ーーーー明日決着をつける!
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