伝統と戒律を重んじる
「全寮制寄宿学校」
学園内限定の兄弟関係
「寮弟」
姿を見せない絶対権力者
「校長」
いがみ合う4つの寮と
その頂点に君臨する4人の
「監督生」
独自のルールに縛られたこの箱庭で
自由を得るため
僕は残酷な決断をする
寮監とは、寄宿学校の寮に住み込んで生徒を指導する教師のことである。ウェストン校の4つの寮には寮監をはじめとする少数の従事者ーーーー寮の管理をする寮母、食事を作る料理番、給仕をするフットマンがいるが…その中でも、寮監は唯一の教職員だ。朝は生徒と共に校舎へ赴き担当教科を行い、夜は生徒と共に帰寮し自由時間には希望者の勉強をみる。
つまり寮監とは、一日の大半を生徒の為に捧げる過酷な職業なのである。そんな寮監をサポートするべく存在するのがシスター。
「シスター…」
『どうしました?』
「少し…ご相談したいことが…」
『相談ですか…では、礼拝堂へ参りましょうか』
シスターとは、各寮の寮監に必ず1人つき、受け持ち寮の生徒の懺悔を聞き説くだけでなく寮監の補佐として働く。一日のカリキュラムを無駄なく正確に組み立て、書類整理や広い学園内での足がかりとなる。…平たく言えば雑用係であるが、そんなシスターの存在に多忙なる寮監は助けられているのだ。
「それなのに」
はぁ〜〜〜〜っと盛大にセバスチャンはため息。
「坊ちゃんとお嬢様ときたら…」
・クレイトンの上着のとれたボタンを付けておけ!
・クレイトンの本棚の整理をしろ!
・クレイトンの今日のおやつはゴールデンシロップのプディングにしろ!ついでに僕のもな。
「私がやると思ってなんでも安請け合いして…」
・怠い。
「お嬢様に至っては最初のうち以外はサボりっぱなしですし…お灸を据えましょうか」
などと手元のメモを眺めながら呟きドアを開ける。ベッドや床に放り出された上着やネクタイ、無造作につまれた本。どろ〜ん…という、なんとも陰気臭い空気が漂う部屋に、セバスチャンはキッと目の色を変えた。
「私も!」
本棚に綺麗に列べられた本!
「忙しいん!」
ボタンをつけて綺麗に壁にかけられた上着!
「ですからね!」
甘い香りを漂わせるリクエストのゴールデンシロッププディングと紅茶をテーブルへ!
「こんな物ですかね…」
なんやかんや言いつつ、セバスチャンは完璧に仕事を終わらせた。
「さて、次は校舎で1年生の授業でしたね」
ああ忙しい忙しいと、セバスチャンは駆け足に部屋を後にした。
「ファントムハイヴは先輩の用事だらけで大変だね。僕なんか先輩のボタン付けひとつで寮弟の時間終わっちゃうのに」
教室では、マクミランが後ろの席に座るシエルに話しかけていた。
「クレイトン先輩、まだ寮弟決めてないからって、君にいろいろ言いつけすぎだよね」
「なんてことないさ」
ちょうどその時ガチャッと音をたてて、セバスチャンがドアを開けた。
「早く終わらせるコツみたいなものがあるんだ」
「え〜っ!?今度僕にも教えてよ!」
そんな会話を耳にしていたセバスチャンはしら〜っとした顔でさっさと教壇に。
「本当に君は凄いよね。小テストの結果も凄く良かったんだろ?」
「たまたま予習してただけだ」
「寮弟を決めてない先輩達の間では、誰が君を寮弟にするか話題らしいよ。近々誰かから申し込みがあるかもね」
マクミランはシエルの耳元で興奮気味に囁いた。
「僕はクレイトン先輩から来ると思うな」
「…だとしたら光栄だな」
ふふ、と人当たりよく笑っていたシエルだが、内心では、そうならなくては困ると不適に笑っていた。何せ目的に近づくために行っていることなのだから、当たり前っちゃ当たり前だ。
「(僕は必ずクレイトンの寮弟になってみせる!!)」
*
【白鳥宮】
キラキラと水面が太陽の光を反射する湖にある建物、白鳥宮にはP4とその寮弟が勢揃いしていた。監督生四人は思い思いにくつろいでいるが、その寮弟たちは執事のように傍らに控えていた。
「レドモンド先輩。おかわりはいかがですか?」
「ああ、もらおうか」
赤寮監督生、レドモンドの寮弟がポットを手に声をかけた。
「お前の紅茶が一番美味しいよ、モーリス」
「あっ、ありがとうございますっ」
レドモンドからの言葉に照れながらも嬉しそうにモーリスは笑った。
「そういえば」
筋トレしながらグリーンヒルがふと思い出したように口を開いた。
「この間の新入生はたいそう有能らしいな」
「ああ…ロレンスの所のかわい子ちゃん(キューティー・パイ)≠ゥ。俺も気になるな」
「ファーストネームで呼ぶのはよせ…規則違反だぞ」
鋭い視線を本からこちらに向けたブルーアーにレドモンドはははっと困ったように笑う。
「堅いなブルーアー。ココは監督生しか入れないんだ。誰も聞き咎めたりしないさ」
バイオレットが会話を聞き流しながら紅茶に様々な飲み物を混ぜ合わせていた。…美味しいのだろうか。
「クレイトン。お前は新入生をどう思う?」
問われたクレイトンは顎に指をかけほんの数秒考えた。
「非常に優秀です。仕事が早くかつ丁寧。何よりあいつに用意させた紅茶や軽食は、フランス人シェフに作らせたかのような仕上がりです」
クレイトンの説明にモーリスは目を丸くして驚いたような、感心したような、複雑そうな…そんな顔をした。
「確か彼は伯爵だろう?何故そんなことができる?」
「本人は趣味だと言ってましたが…」
理解出来ないようにグリーンヒルが尤もな疑問を呟き、それにはバイオレットの寮弟であるチェスロックも同感。
「執事みたいな伯爵様だなァ」
実際執事がしていたり。
「フーン…変わってるね…」
未だに紅茶に飲み物を入れ続けていたが、中身が溢れているし…実際飲むのだろうか。
「変わり者だからこの前僕の寮に来たのかな…」
「何?」
ボソッ…と呟いたバイオレットの言葉に、ブルーアーは怪訝そうに眉根を寄せた。
「この前寮弟の時間≠ノ紫寮に来たんだ。一人でね…」
「見間違いでは?とても出歩ける仕事量とは思えません」
「眼帯してたし、間違いないと思うけど…」
飲むのか、と思いきやストローを突き刺し空気を送り込んでブクブクと不気味な色の泡をたたせるバイオレット。
「「「何故、紫黒の狼寮に…?」」」
あまり気にとめてないバイオレットと違い、ブルーアー、グリーンヒル、レドモンドは首を傾げる。だがすぐにレドモンドはいつもの余裕そうな笑みを浮かべた。
「そんなに有能なら、ウチに欲しかったな。身分も俺の寮にふさわしい…あの年齢で名門伯爵家当主なんだから」
「えっ?」
隣で声をもらした自分の寮弟をグリーンヒルは見た。
「なんだ?」
「グリーンヒル先輩、発言をしてもよろしいですか?」
「声が小さい!!もう一度!!」クワッとグリーンヒルは眉をつり上げ怒鳴るように…というか怒鳴る。だが、先輩が先輩なら寮弟も寮弟だ。
「ハイッ!!!発言を許可して頂けますか!!?」「よし!!!」ウルサイ…とブルーアーは小指を耳栓代わりに。
「エドワード・ミッドフォードの発言を許可する!!」
「ありがとうございます!!」
なんとまあ、グリーンヒルの寮弟はエリザベスの兄、エドワードだった。
_147/212