シエルもダリアも、セバスチャンから目を離せないでいた。
あか
舞い散る鮮血と
くろ
舞い踊る悪魔。
これは、あの日と同じ風景。
身動き一つせず、シエルはセバスチャンを…いや、昔をみる。
違う 同じじゃない。
僕は檻の外にいて
僕らの執事が殺しているのは僕らを汚した奴らじゃなくて
シエルはもうここにいなくて
僕はファントムハイヴ伯爵で
僕は
僕で
僕が
「シエル!!」
ーーーーはっ.
「リ、ジー」
エリザベスの声に我に返ったシエルは小刻みに震えていた。様子がおかしいとエリザベスは不安そうにシエルを見上げている。
「…」
シエルが隣のダリアを見ると、ダリアは恐ろしいモノを見ているかのように顔を青ざめて同じように震えていた。
「ダリア」
『!』
肩に手をおけばビクッ、と脅えたように慌ててこちらを見る。
『あ…』
「ダリア姉様?」
だがすぐに相手がシエルとわかり、不安そうにこちらを見るエリザベスを見て何かを振り払うようにダリアは頭を振る。
『ごめんなさい、大丈夫よ』
その時コツ…と靴音が鳴った。
「終わりましたよ坊ちゃん、お嬢様」
周りに無造作に倒れる屍の中、血の海の上に浮かぶように立っている血に汚れたセバスチャンは、いつもと変わらず二人に笑いかける。だが、二人は何も反応を返せないでいた。
「どうなさったのですか?」
「さあ」とセバスチャンは手をさしのべる。
「どうぞこちらへ」
真っ白な手袋は赤に染まっている。息を乱していた二人はそれを見て眉根を寄せた。
「その手で触るな。汚れる」
言われて初めて気づいたようにセバスチャンは自身の手を見る。
「これは失礼致しました」
「すぐにとりかえます」とセバスチャンはスペアの手袋を取り出してはめかえ、改めてシエルから地面におろしていく。
ーーーービチャッ.
「『………』」
足下から聞こえた水音にシエル、ダリアは引き気味に靴の裏を見る。
「もう少し上品にできないのか?」
『なにこの血の海状態』
二人は責めるように目を細めてセバスチャンに顔を向ける。
「まるで獣だ」
「………申し訳ございません。急を要しましたので」
二人にセバスチャンは笑みを浮かべながら返す。
「それに彼らの肉体の強度は普通の人間以下のようです」
どうやら結構もろいようだ。
「しかしなんのためにこんなに大量にこの船に?」
シエルの言葉に「それは…」とセバスチャンはいきなり横にナイフを投げやった。
ーーーーズガッ.
「彼にお伺いした方がよろしいかと」
「『リアン・ストーカー!!』」
セバスチャンの投げたナイフはリアンの顔の真横に突き刺さっていた。
「ちっ、違うんだ!!アレは不完全な完全救済で、こんな不健康な状態で蘇生する予定では…」
近づいてくるセバスチャンにリアンは必死に弁解する。
「話を聞いてくれ!急いで…痛ッ」
話を聞いているのかいないのか笑顔を絶やさずセバスチャンはリアンの腕を後ろに捻る。
「そう焦らずともニューヨークまでたっぷり時間はございますし、お話はゆっくりと伺わせて頂きます」
「まっ、待ってくれ!!」
まだ言うリアンに訝しげにセバスチャンは眉根を寄せる。
「何をです?彼らも全て片付いた事ですし…」
「そうじゃない!」
「は?」
話を聞いていた周りも首を傾げる。
「この船は最新式のレシプロ蒸気機関を使った巨大なボイラーが船の中央に設置してある。ここはボイラー室を中心に二つに分断されているんだ」
「それがどうした?」
「つまりこの船には船頭と船尾に分断された、二つの貨物庫がある!!」
「『なっ…!?』」
「そして船頭の貨物庫には」
リアン自身も焦りをにじませながら言った。
「船尾(ココ)にある10倍の被験体が、運び込まれているんだ」
信じたくもないその言葉。
「この10倍だと!?」
船頭の貨物庫では、空になった棺が所狭しと並べられていた。
next.
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