「ではまずジーメンス郷からですね」
「ボクもついてくー」
「こっちだ」
伯爵、ご令嬢、ジェレミー、グレイと共に応接室を出る。その間際、シェフは胡散臭そうにジェレミーを見つめていた。この家に仕える一人として、やはり目を光らせるのは当然か。
「手前から順にジーメンス・フェルペス・セバスチャンの死体が運び込んである」
「それは助かる」
まずはジーメンスからだ。
「ーーーーふむ。外傷は胸のキズだけ、鋭い刃物で一突きか」
ジーメンスの遺体を調べていたジェレミーは、ジーメンスから懐中時計を取り出すと、それを眺めた。
「彼は生前、とても酒癖の悪い人だったようだね」
「なんでわかるの?」
「コレを見ればすぐ分かりますよ」
コレ、とは懐中時計だろう。
「とても高価そうな懐中時計なのに、ねじまきの周りが傷だらけだ。こんなことをするのはよっぽどガサツな人間か、酔っぱらいだけでしょう?」
ジェレミーが言う通り、ねじまきの周りには細い筋のキズが細かくついていた。それから、酒癖も確かに悪かった…。
「そしてこのアルコールの強い匂いは、死ぬ直前まで強い酒をあおっていた証拠…ん?」
「どうした?」
「かすかに海の香りが…」
「海?」
こんな海とは程遠い場所で、なぜ海?戸惑う中、グレイだけは目を細めてジェレミーを見ていた。そんなグレイをご令嬢は無表情に見つめている。
「そうだ先生、ハンカチをお持ちですか?」
「あっ、はい」
急にハンカチ?どこか汚れたのかな…。不思議がりながらもハンカチを取り出し「どうぞ」と手渡す。
ーーーーずぼ.
「ちょっ…」言葉が出なかった。ジェレミーはいきなりジーメンスの口の中にハンカチを突っ込んだのだ。人の…遺体の…口の、中に!?断りもなく!?
「…ふむ。どうもありがとうございました」
「えっ…汚な…」
ジーメンスの口内へと突っ込んだハンカチの匂いを嗅ぐと、ジェレミーはお礼と共にハンカチを返却。もう返さなくてよかったよ…どうしよう、これ…。
「さ、次はフェルペスさんでしたね」
落ち込むこちらなど気にせず、ジェレミーはさっさと部屋を後にするのだった。ああ…新しく、買おうかな…。ちょっと落ち込みながらも、次の部屋に向かうべく部屋を出る。
「彼だけは他の二人と、殺害方法が異なっているんです。おそらく首の傷から毒物を注入されたんじゃないかと…」
フェルペスの遺体を移した部屋へと移動。ジェレミーはフェルペスの首筋の傷を見る。
「殺害時、唯一の出入り口は施錠されていて完璧な密室状態でした」
「なるほど…」
立ち上がったジェレミーは伯爵に振り返る。
「彼が殺された部屋を見せてもらっても?」
「ああ。案内しよう」
ジェレミーの申し出にフェルペスの部屋を後にして、ご令嬢の部屋に向かうべく階段を上る。現場に戻るのは、確かに必要なことだろう。
「観察眼の鋭いジェレミーさんに見てもらえば、俺達が見逃しているものに気付けるかもしれません」
「ん?あれ?」
『どうしました?』
「あのオッサン付いて来てないよ」
「ジェレミー?」
「ちゃんと付いて来てますよ」
おや?と伯爵、ご令嬢、グレイが下をのぞき込むとジェレミーが汗を拭きながらあがってきた。…あれ?ハンカチ?
「遅れてすみません、行きましょう」
「これだからオッサンは…」
「てゆーかハンカチ持ってるじゃないですか…」
なんで俺から借りたんだ…やっぱり、自分のを使うのは嫌だったのか。俺も嫌だったよ…。
ご令嬢の部屋の扉は、グレイによりほとんど壊滅状態なので開けっぴろげたままの部屋に入り寝室へと向かう。
「ふーむ」
虫眼鏡で様々なところを観察していたジェレミーは口を開いた。
「この事件には犯人が、複数存在するようですね」
「「「『!!』」」」
全員がジェレミーの言葉に驚くが、意外には感じなかった。
「やはりそうか…」
「ジーメンス郷殺しの犯人を捕まえるのは容易だが、フェルペス殺しの犯人を捕まえるのはやや骨が折れそうだ。これ以上の犠牲を出さないためにも、そちらの犯人の確保を急いだ方がいい」
ジェレミーは窓の外を見る。
「どうせこの嵐で人間はここから出られない」
「どういうことなんですか?」
「フェルペス殺しの犯人を捕まえるためには、条件が二つある。一つ目は夜を待つこと、二つ目は…伯爵、ご令嬢、あなた方の協力だ」
ジェレミーの言葉に二人はえ、と意外そうに眉根を寄せた。
「僕と…」
『私の?』
「そう、貴方がたの」
どういうことだ?と目で訴えている二人に、ふっとジェレミーははぐらかすように笑う。
「全ては夜にお話ししましょう」
「じゃ次は執事のトコだね。戻ろ」
部屋を出る前に伯爵、ご令嬢、ジェレミーの三人が視線を交えていたが、背を向けていた俺やグレイは気づかなかった。
「確か、執事は殴られた後、刺殺されたと聞きましたが…」
最後にセバスチャンの遺体がある部屋に。
「では失礼して…」
「うっ……っ!!」
『シエル!!』
「はっ、伯爵!?」
ジェレミーがセバスチャンの遺体に被せている布に手をかけた時、伯爵が顔色悪く口に手を当て寄りかかってきた。
「どうしました!?どこか具合が…」
「ん?」
グレイも騒ぎにこちらを見るが、ジェレミーは気にせず遺体の観察を続けている。
「すみません…何度もセバスチャンの死体を見るのは、僕には辛すぎます…」
『シエル…先生、どこかで休ませてあげたほうが』
「そうですね、少し外で休みましょう」
「ありがとうございます…」
「ええ?」
そうだ…この子はまだ子供なんだ。ついつい、物言いや雰囲気に圧倒されて、配慮が足りなかった。心配するこちらと違い、グレイは怪訝そうに顔をゆがめる。
「君さっき平気で執事の死体脱がせてなかった?」
「ふむ!執事は実にシンプルな殺され方をしたようだ!」
そう言うとジェレミーは布を元に戻す。
「もーいいの?」
「はい。十分に見せてもらいました」
「ってそろそろ夕食の時間じゃん、お腹空いたー。今日メニューなんだろ?」
「さあ…使用人に聞いてみますか?」
「まっ、いいや。楽しみにしとく、先戻ってるよ」
そう言ってさっさと歩き出すグレイ。
「じゃあ俺達も戻りましょうか」
「私は夜の準備があるので先に戻っていて下さい」
「はい」
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