「皆さんにお話を伺ったことで、色々とクリアになってはきましたが…俺が一番ひっかかっているのは、ご令嬢の部屋の鍵の行方です」
とりあえず、任されたからには話を進めなくては。一番のポイントを、耳を傾けてくれている皆に伝える。
「現状フェルペスさんを殺害できたのは、鍵を持つセバスチャンだけですが、もし鍵が第三者に渡っていたとすれば話は変わってくる」
「というより、セバスチャンが殺された今鍵を持っている人物がいるとしたら、その者が犯人と考えていいのでは?」
「ええ」
「じゃあまず執事が鍵持ってるかどうか確かめないとね。持ってたらそれまでの話だけど」
『ふりだしに戻る、ってわけですね』
「そうですね。それから今後、行動する時は必ずグループで行動したいと思います」
言いつつ、アイリーン達へと顔を向ける。
「女性に遺体置場にご同行頂くのもなんなので、アイリーンさんとグリムズビーさんはここに残ってください」
「ああ」
「あと…」
ちらりと。ウッドリーへと視線を向ける。さっきのこともあって、めちゃくちゃ話しかけにくいな…。
「ウッドリーさんも…」
「ふん」
打ちつけた頭には、氷嚢を当てていた。よほも痛かっただろう…ああ、バリツ…話を聞ける機会があればいいけど…。
「我は藍猫とここでお茶でも堪能させてもらってるよ」
「ボクはココにいても暇だしついてく―」
「伯爵、申し訳ないんですが屋敷内を案内して頂けますか?」
「はい」
「ご令嬢は皆さんとここに『いえ、私も一緒に行きます』
え…?
『グレイ伯爵と同じ、私もここにいても退屈なので』
「しかし、セバスチャンの遺体を見るのは…」
あんなにも、取り乱していたのに…。彼女にはショックが大きいのでは…?
『もう大丈夫ですよ。それに、子供にとって退屈なのは毒なんですよ?』
こちらの心配をよそに、可愛らしく笑って言ったご令嬢。なんだかそれ以上何も言えなくて、本人がそう言うならば、頷くしかない。
「階下については使用人の方が詳しいので案内させましょう。いいなお前達」
「「はい、坊ちゃん」」
『タナカとメイリンはここに残って、皆さんのお世話を』
「「かしこまりました」」
「では行きましょう」
壁に取り付けられた、蝋燭の仄かな灯りだけに照らされた階下の通路は薄暗かった。雨のせいか、普段からなのか、少し湿気も感じられる。それに、階下はなんだか肌寒い。
「なんだか、幽霊でも出そうな雰囲気ですよね」
「ちょっとやめてよ!!」
不気味で、怖くなってしまい口に出すと、意外にもすぐさま反応したのはグレイだった。
「幽霊なんかいるワケないじゃん!!ボクは剣で切れるモノしか信じないから!!」
「だったら離れて歩いてくれませんか?」
「歩きづらい…」、と伯爵は頬をひきつらせている。伯爵の腕にしがみつくグレイの言動から、どうやら幽霊が苦手のようだ。可愛らしいところもあるもんだな。
「キミが怖いかもと思ってボクはわざわざ…!」
「皆さん着きやしたぜ」
呆れながらも伯爵はグレイをそのままにして、全員が開けられた扉の中に入った。ワインが並ぶ棚の前に、等間隔に毛布にくるまれた死体が置かれていた。
「遺体を触る時はこの手袋をしてくだせぇ」
「…!」
「準備がいいですね!助かります」
流石、ファントムハイヴの使用人。手袋なんて用意してなかったから、どうしようかと思っていたところだ。
「……」
「お嬢様はそこにいてくだせぇ」
『ええ』
流石にご令嬢にまで手間をかけさせるわけにはいかない。背後にご令嬢を待たせて、セバスチャンにかけられた毛布へと手をかける。
「では失礼を…」
毛布をめくってみて、驚いた。
「!?濡れてる!?」
セバスチャンの遺体はまるで雨にうたれたかのようにびしょ濡れだった。室内でいったいなぜ…!?それはすぐに、シェフの言葉で分かった。
「こりゃあ雨漏りしてやがったんだな」
「セバスチャンさんがかわいそうだよ!!動かしてあげようよ」
「そうですね。濡れていると腐敗も早まりますし」
「腐…敗…」
「調べようにも死後硬直してますから、脱がせるのも一苦労ですね」
腐敗、という言葉に庭師は顔を強ばらせる。
「じゃあまず体を裏がえして「やめてよ!!」
手を伸ばそうとすると、拒絶の言葉と共に庭師が、まるでセバスチャンを庇うように前に出てきた。
「セバスチャンさんをそんな物みたいに扱わないで!!」
「うわっ」
「セバスチャンさんは僕達の大事な『フィニ』
壁に寄りかかり腕を組んでいたご令嬢は、目を閉じたままぴしゃりと言った。
『無駄口を叩くなら出て行きなさい。邪魔よ』
「姉さんの言う通りだフィニ。先生の前からどけ」
主二人から言われ、庭師は渋々と移動した。驚きはしたが、彼はただ、仲間を守ろうとしただけなんだ…。
「すみません」
気の毒で、申し訳なくなって、こちらが謝ってしまう。
「動かすのは後でいい、まずは鍵だ。時計のチェーン(アルバート)…には付いてないな」
「首に掛けてたりしないの?」
「見てみましょう」
ポン、とシェフは庭師の肩を叩いていた。
「……ないな」
結局、どこを探してもセバスチャンからご令嬢の部屋の鍵どころか、伯爵の部屋の鍵も見つかることはなかった。
「他にありそうなのは、私室でしょうか?」
「行ってみましょう」
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