天然パーマに悪い奴はいない
…ああ、ケーキが食べたい…あのしっとりとしたスポンジとそれを包み込むふわりとした生クリームとそこにアクセントを加える甘酸っぱいフルーツが恋しくて仕方ない…。
…突然何言ってんだとか思うなよ。大好物を食べたいのに理由も時間も関係ない。しかしまあ金がなァ…。私はチラッとソファーの上に寝転がっている銀髪天然パーマの男を見た。
『ねぇ銀ちゃん。私ケーキ食べたい』
「あー?んなの俺だってパフェ食いてーよ」
『奢ってよ』
「いやお前が奢れよ」
『「………」』
うん。こういう時の対処法ぐらいわかってる。私達は無言で見つめ合うとサッとグーを出した。
『「ジャーンケーンッ!!」』
*
『チッ。なんであそこでグーを出したんだ私は…』
ジャンケンの結果、私は負けた。言い出しっぺが負けるって…しかもその負けた相手が銀ちゃんって…。
恨みがましく睨め上げると、勝った銀ちゃんは向かいの席で幸せそうにパフェを頬張っていてくそ憎たらしい。
「いや〜。奢りのパフェはまた一段と美味いな」
『そのまま糖尿病にまっしぐらして…』
死ね。と続けようとした時だった。
ーーーーガシャーンッ!!
『………え゛』
一瞬何が起きたのか頭が追いつかなかった。が、テーブルの上からは私のケーキも銀ちゃんのパフェも消えている。
今までなんか店中で言い合っていた店長とバイト君のうちのバイト君が、私達の席に吹っ飛んできたのだ。
「『…』」
ガタン。と椅子から立ち上がると、私と銀ちゃんはまだ言い合っている…というか一方的にバイト君が怒られてんだけど。まあそんなのに構わず歩み寄る。
「おい」
「?」
銀ちゃんに声をかけられて不思議そうにこちらを見た店長の顔に、私は足を振り上げると思いっきり蹴り上げた。ちょっと今綺麗に決まった流石私。
『おーとんだとんだ』
バイトのメガネはぽかんと吹っ飛んだ店長を見ている。
「え…え?えっと…」
戸惑うメガネがテーブルに突っ込んで来たのは、あの虎の天人たちが足を引っ掛けたからってのは私らだって知ってる。
くっそアイツら私のケーキ…!
「なんだ貴様ぁ!!廃刀令の御時世に木刀なんぞぶらさげおって!!」
「ギャーギャーギャーギャー、やかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー。見ろコレ…てめーらが騒ぐもんだから、俺のチョコレートパフェが、お前コレ…まるまるこぼれちゃったじゃねーか!!」
――――ダコン!!
あと私のケーキもな。忘れんなよ。銀ちゃんは言い終わると同時に虎を木刀でぶったたいた。
「…きっ…貴様ァ何をするかァァ!!」
「我々を誰だと思って…」
「俺ァなァ!!医者に血糖値高過ぎって言われて…パフェなんて週一でしか食えねーんだぞ!!」
血糖値云々は自業自得だろ。虎達は一人残らず銀ちゃんによりぶったたかれ気絶していた。いやあ、スッキリ。
「おい行くぞ。店長に言っとけ、味はよかったぜ」
『それじゃ』
さっさと帰ろう…ん?
『銀ちゃん木刀は?』
「あ〜?あげた〜」
店から原チャリでさっさと帰ってる最中。ふと運転する銀ちゃんの腰を見れば、何時もの見慣れた木刀が無かった。つかあげたって誰にだよ。
「あ〜やっぱダメだなオイ。糖分とらねーとイライラす…「おいイィィィッ!!」
ん?
「よくも人を身代わりにしてくれたなコノヤロー!!アンタらのせいでもう何もかもメチャクチャだァ!!」
切羽詰まった声に振り向くと、さっきの店でいじめられていたメガネが走って追いついて来ていた。普通追いつかねェだろ必死すぎるでしょ怖いよ。
『凄いねェ少年。原チャに走って追いつくなんて。見た目地味でメガネしか持ち味がなさそうだけど凄いよ』
「それ褒めてんの!?けなしてんの!?」
「律儀な子だな、木刀返しに来てくれたの。いいよっ、あげちゃう。どうせ修学旅行行って浮かれて買った奴だし」
「違うわァァ!!役人からやっとこさ逃げてきたところだ!!」
木刀あげたっつーか押し付けたよな。メガネからの話だとあの虎達、結構な偉い奴らだったみたいだ。とてもそうは見えなかったけど。幾ら違うと言っても木刀があるし、終いには店長にまで下手人だといわれたとか。
『あ〜切られたよそれ』
「だな。レジも打てねぇ店員なんて炒飯作れねぇ母ちゃんくらいいらねーもんな」
『ホントホント。米も炊けない母親くらいいらないもん』
「アンタら母親を何だと思ってんだ!!」
なんかメガネ、ツッコミも凄いね。
「バイトクビになったくらいでガタガタうる…」
「今時侍雇ってくれる所なんてないんだぞ!!明日からどーやって生きてけばいいんだチクショー!!」
メガネは言うやいなや持っていた木刀を振り上げた。
――――キイィィィッ!!
――――ゴッキン
「う゛っ!!」
うっわどんまメガネ。メガネの急所に急ブレーキした原チャリが直撃。
「ギャーギャーやかましいんだよ腐れメガネ!!自分だけが不幸と思ってんじゃねェ!!」
地面に倒れて悶絶しているメガネ。だってしつこいからだよ。
「世の中にはなァ、ダンボールをマイホームと呼んで暮らしている侍もいんだよ!!お前そういうポジティブな生き方出来ねーのか!?」
「アンタポジティブの意味わかってんのか!?」
その時目の前の店の自動ドアが開き、中から女が出てきた。その女はメガネを見て目を丸くした。
「あら?新ちゃん」
「げっ!!姉上!!」
『姉?』
「どーも」
なんとまあ、この地味メガネにしちゃ美人な姉だな。
「仕事もせんと何プラプラしとんじゃワレボケェェェェェ!!」
「ぐふゥ!!」
おしとやかな感じだったのが豹変した瞬間って薄ら寒い気がする。血の繋がった弟相手に飛び蹴りはないよ。
「今月どれだけピンチかわかってんのかてめーはコラァ!!アンタのチンカスみたいな給料もウチには必要なんだよ!!」
姉はメガネに馬乗りになると何発も殴り続けた。最早全く姉弟に見えやしない。ドメスティックなバイオレンスだ。
「まっ…待ってェ姉上!!こんな事になったのはあいつらのせいで…あ゛ー!!待てオイ!!」
『ん?あああああテメぇ一人で…!!」
気づけば原チャに乗り逃げていっている銀ちゃん。ザッケンナあんにゃろ…ん?
「ワリィ、俺夕方からドラマの再放送見たいか…」
銀ちゃんの後ろには、しっかりと姉が飛び乗っていた。
「ら」
ニタァ、と姉が笑うのが気配で分かった。
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