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私らは居た堪れなくて正座してた。
「父さんいい加減にしてくれよ!母さんがこんな時に!やっていい事と悪い事があるよ!」
「すいません。僕らも悪ノリが過ぎました」
「まァまァ、気にすんなよ。一生懸命やったよお前ら」
「お前が言うなやクソジジイ!」
やっぱ仕留めれば良かった。
「それから父さん、母さん入院することが決まったから。病状が悪化して、もうウチじゃどうにもならなくなってきたから」
「それじゃ、おじいさんとおばあさん離れ離れに…」
ジジイが席を立つ。
「父さん、なんか言いたいことないのかい?」
障子の前で一瞬立ち止まる。
「愛人に会ってくる」
それだけ残してジジイは出て行った。
「…………なんてこった。母さんのことまで忘れてしまったのか」
うーん…。私が立ち上がると同時に銀ちゃんも立ち上がった。
「ちょっくら失礼します」
『私も』
「ほっといてあげて」
ん?
「あの人をあんな風にしてしまったのは、私だから」
ばあさん起きてたのか。
「あの人から花火をうばったのは私だから。もう自由にしてあげて。あの人は充分私に尽くしてくれた。大好きな花火の仕事をやめて、一生懸命私の世話をしてくれて…でも、やりたいことを我慢して、辛そうにしてるあの人はもう見たくないの」
最後まで聞かず、部屋を後にした私らは夕暮れの中長い階段を上っていた。
「廃寺…」
辿り着いた先には廃れて結構経つだろう廃寺だった。
「ヘェー。ここに愛人かこってるわけか」
「そうですよ」
あ、お手伝いさん。
「とびっきりの美女でございます。邪魔するなんて下世話ですよ坂田様、田川様」
「お手伝いさん?そういうアンタもこんな所にいるなんざずいぶんと…」
ドオン!と重たい爆音が響いた。
「オイオイジーさんハッスルしすぎじゃねーの」
『寺爆発したよ。どーゆうプレイ…』
ドカッと扉を蹴破ってジジイが寺から出てきた。
「オ゛ェッ。失敗しちゃった」
よっこらせっとジジイは筒と球を数個地面に運ぶ。その様子を隠れた私らはバレないよう見つめる。
「花火か…やっぱりな」
『お手伝いさん。アンタ、いつから知ってたの?』
「もうずっと前から」
「外に出たきり二、三日戻ってこねー時もあるとか言ってたが全部コレか。たいしたモンだぜ。いろんなこと忘れても花火だけは忘れねーんだな」
「あの人の人生そのものですから。身体に染みついてるんでしょう」
確かにボケてるくせに手際がいいのは分かる。
「記憶は朽ちても長年練磨した技は消えない。奥様には悪いですが、旦那様は一家庭人ある前に職人であらせられる。どうか、このままそっとしてあげてほしい。職人のまま死なせてあげてほしい」
『奥さん忘れても身体に染みついた技は消えないって?さびしー話だねェ』
「俺ァ、人間って奴ァもっとマシな生き者だと思いてーよ。ぼけようが頭が吹っとぼうが、胸の真ん中にぶっささった記憶は、魂に刻んだ記憶は何があっても消えねーって…俺は、そう思いたいね」
同感だね。しばらくジジイの作業を眺めて屋敷に戻り、依頼料をもらった私らはおでんの屋台に来た。星の輝く夜空を期待して見上げていると、期待通りのものが目に映った。
「わァ」
「銀ちゃん見て見て!すごいすごい!!」
「今日花火大会なんてありましたっけ?」
はしゃぐ二人と違い、銀ちゃんは振り向くことなく飲んでいた。それでも横顔は嬉しげな笑顔だ。
『…うん、綺麗な花火だねェ』
少しいびつな所がまた、風流ってもんだね。たった一発上がったその花火は、しばらく目に焼き付いていた。
next.
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