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「まァそォ。それは大変だったわね」
記憶喪失が記憶喪失になって、次に来たのは志村家。
「じゃあ私のことも忘れてしまったのかしら?」
「スミマセン」
「…私のことは覚えてるわよね?」
「いや、スミマセンって言ったじゃないですか」
「いや覚えてるわよね。ふざけんじゃないわよ…私は覚えているのに一方的に忘れられるなんて胸クソが悪いわ、何様?」
真顔でお妙は新八にトンカチを差し出した。
「新ちゃん、これで私を殴って銀サンの記憶だけとり除いてちょうだい」
「姉上、僕エスパー?」
怖すぎるよお妙。目がガチじゃん。トンカチを放り投げたお妙はテーブルに乗り出し銀ちゃんの胸ぐらをつかむや拳を構えた。え、ちょォ!?
「じゃあ仕方ないわ。是が非でも思い出してもらうわよ。同じショックを与えればきっとよみがえるわ」
「姉御勘弁してくだせェ。またフリダシに戻っちゃうヨ!」
『フリダシどころか終わっちゃう。お妙の衝撃じゃバッドエンドになっちゃう!』
ーーーーガシッ.
「!」
必死にお妙を止めていると銀ちゃんがお妙の手をつかんだ。
「すみません。今はまだ思い出せませんが、必ずあなたのことも思い出しますので、それまでしばしご辛抱を」
いや何そのキャラ。あり得ないよこんな銀ちゃん!
「いやだわ。何、銀サン如きでドキドキするなんて。あんなのタダ目と眉がちょっと近づいただけじゃないの。黒目がちょっとデカくなっただけじゃないの」
「アネゴ?」
寒気を感じた私と違い、なんだかお妙には好評価のようだ。
「…もう過去のことはいいじゃない。後ろをふり返るより、前を見て生きていきましょう」
「なにィィィ急に変わったよ!何があったんですか!?」
「昔の銀サンは永劫に封印して、これからはニュー銀サンとして生きていきなさい」
「姉上ェェ!それじゃ臭い物にフタの原理です!あっ、臭い物って言っちゃった」
『お妙しっかりして!こんな寒気しか産まないキャラより前の方が断然マシだよ!』
「あんな目と眉の離れた男のどこがいいんです。あんなチャランポランな銀サンより、今の真面目な銀サンの方が…す…素敵じゃないですか」
『え゛っ。お妙チャン!?』
「何ほほ染めてんですかァ!!まさかホレたんかァ!?認めん!俺は認めんぞ!!」
「そーですよ!今は目と眉が近づいてますが、記憶が戻ればまた離れますよ!!また締まりのない顔になりますよ!!」
こたつから顔を出すゴリラに一斉に注目。
「何をしてんだてめーは…」「いや、あったかそうだったんでつい寝ちゃって…」
笑顔のままお妙はゴリラの頬に直立不動で立った。メキメキ骨が鳴ってるよ…。
「あの、コレお土産にハーゲンダッツ買ってきたんでみんなで食べてください」
「溶けてドロドロじゃないスか!アンタ一体何時間こたつの中にいたの!?」
なんで私ら気づかなかったんだろ…。
「よォ、久しぶりだな。しばらく会わんうちに随分イメージが変わったじゃないか。記憶喪失を利用してイメチェンをはかりお妙さんを口説こうって魂胆か」
別に魂胆ないんだけど。
「だがそうはいかんぞ。お前なんかより俺の方が目と眉が近いもんねェェェブワハハハハ!!見てくださいお妙サン、コレ江戸中さがしてもこんな目と眉が近い奴はいないよ!!」
つーかキモイよ。
「ストーカーをするような人は目から毛が生えてても好きになれません」
「わかった。じゃあ目より下に毛ェ生やすからどーですか!?」
「どーですかって化け物じゃないですか」
ふと見ると銀ちゃんがじーっとドロドロに溶けたアイスを見つめていた。
「こ…これは、なんだろう不思議だ…身体が勝手にひきよせられる」
『え!!』
「あっ!!甘い物」
「そうネ!甘い物食べさせたら記憶が蘇るかもしれないヨ!」
銀ちゃん=甘い物の方程式を忘れてた!
『そうと決まればやれ神楽!』
「うらァァァァ食えコノヤロー!!」
「ぐぼェ」
神楽が銀ちゃんの口にアイスを突っ込む。
「姉上ェェェ甘い物です。とにかく家中の甘い物をかき集めてきてください!」
「え?何?」
『いいから甘い物!』
「そんなこと言われたって」
バタバタとお妙は部屋を出ていく。
「銀ちゃん!戻ってきてヨ銀ちゃん!」
「う、う…ぼ…僕は…僕は……俺は」
目の色が変わってきて、私らは笑顔を浮かべた。
「『銀ちゃん!』」
「銀さっ…」
ーーーーガボ!
浮かべた笑顔を引っ込め、倒れた銀ちゃんを見つめる。
「……姉上。なんですか?それ」
銀ちゃんの口に何かを突っ込んだお妙に、新八が代表して訊ねる。
「卵焼きよ。今日は甘めにつくってみたから」
甘めって……。
「いや〜〜〜なかなか個性的な味ですなこの卵焼…ブっ」
食っていたゴリラも倒れたが、ぱちりと銀ちゃんとゴリラは目を覚ました。
「「君達は…誰だ?」」
もう絶句。記憶喪失云々はともかく、目が二人そろってぱっちりなリアル目になっちゃってる…。
「まァカワイイ」
どこがァ!!?
「…すみません。色々手をつくしてくれたのに、結局僕はなんにも…」
「やめてくださいよ〜銀さんらしくない。銀さんは90%自分が悪くても残りの10%に全身全霊をかけて謝らない人ですよ」
「そうネ。ゆっくり思い出せばいいネ。私達まってるアルから」
『…でも、やっぱりちょっと急いで…ほしいかな』
その目は不気味すぎる。
「今日は家に帰ってゆっくり休みましょ」
「そーネ。外よりウチの方が一杯思い出アルネ。何か思い出すかも…」
『?何か騒がしいな』
人集りの出来た場所を見れば、我が家に小型船が突っ込んでいた。
「飲酒運転だとよ」
「ありゃもう立て直さないとダメじゃないの?気の毒にね〜」
……………………。
「アッハッハッハッハッすみまっせ〜ん」
『!!』
固まっていた私らの耳にウザイ笑い声。
「友達の家ば行こーとしちょったら手元狂ってしもーたきにアッハッハッハッー。このへんに万事屋金ちゃんって店はありませんかの〜」
「万事屋銀ちゃんならアンタの突っこんだ家ですけどね」
「違う違う金ちゃんじゃ。おまえ何をきいとるんじゃそそっかしい奴じゃの〜アッハッハッハッハッ」
『そそっかしいのはテメーだァァァァ!!』
もじゃ毛に向かって跳び蹴りして、そのまま倒れたそいつを殴る。
『何してくれてんだテメッ、人の家壊しといて笑ってんじゃねェぞ、聞いてんのか!謝れもじゃ毛ェェェ!!』
「ちょっとォ!気持ちは分かるけどトドメささないでくれる?生きてんのそれ。生きてんの!?」
あああああ怒りたいのか泣きたいのかもうううううう。
「…どうしましょ。家までなくなっちゃった」
「……もういいですよ。僕のことはほっておいて」
銀ちゃんの言葉に私は手を止めてもじゃ毛を役人に手渡した。
「みんな帰る所があるんでしょう?僕のことは気にせずにどうぞ、もう自由になってください」
『銀ちゃん?』
「きけば君達は給料もロクにもらわずに働かされていたんでしょう。こんなことになった今、ここに残る理由もないでしょうに」
え、ちょ、なにこの展開?
「記憶も住まいも失って、僕がこの世に生きてきた証はなくなってしまった。でもこれもいい機会かもしれない。みんなの話じゃ、僕もムチャクチャな男だったらしいし。生まれかわったつもりで、生き直してみようかなって」
前を向いていた銀ちゃんが振り向いた。
「だから、万事屋はここで解散しましょう」
……はあ!?
「ウ…ウソでしょ銀さん」
「やーヨ!私給料なんていらない、酢昆布で我慢するから!ねェ銀ちゃん!」
『ちょっと!冗談よしてよ……』
背を向けた銀ちゃんの手を掴み止めると振り払われて、思わず目を見張り固まる。
「すまない。君達の知っている銀さんは、もう僕の中にはいないよ」
呆然としてしまい、もう止めることは出来なかった。
「銀さん、ちょっと待って!」
「無理ヨ!オメー社会適応力ゼロだから!バカだから!」
必死の声にも、銀ちゃんはもう振り向かなかった。
「銀ちゃん!」
「銀さァァァん!」
next.
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